Ⅺ/月が世界を食べる夜③
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本編
長年の経験という奴から、スバルはひとを言動よりもその"感じ"で判断する。
感じ、というのは曖昧な表現だが、たとえば空気、表情、そして生理的な相性。
そういう具体的には捉えられないもので考えるようにしている。
口なら回せばいい。
表情なんて作れる。
態度がどうしたというのか?
そういう意図的に騙せないものこそ本質を伝えると、スバルはやはり理屈ではなく思っていた。
それが読めないというのは、つまりは判断できないということ。
この歳になってわからないということは、それだけで不安にさせる要因だった。
「――――」
アレはしばらくそのままでいたが、やがて再びベッドに、横になった。
寝返りを打って窓の方を向き、そしてそのまま動かなくなる。
スバルはそのまましばらく様子を見ていたが、やがてまったく動きがないことに見切りをつけて帰ろうと考えて廊下の方を向いたが、最後にもう一度ベトの寝姿でも見てからにしようと振り返り、
アレの姿が、消えていた。
「な…………」
スバルはそれに、言葉を失う。
一瞬だった。
ほんの一瞬、視線を外しただけだった。
しかしそこにアレの姿は、ない。
そして、気づいた。
窓が、開いている。
「お、おいおいまさか……」
スバルは信じられいものを見る気持ちで、ベッドに近づいていった。ベトを跨ぐ。
むにゃむにゃと呑気そうな寝息を立てている。
今日の戦闘は激しかったし朝から寝不足のようだったから、その眠りはいつもの三倍は深そうだった。
ベッドには、やはり誰もいなかった。
なびくカーテンが虚しさを演出していた。
めくれた布団を、さらにめくってみる。
なにもない。
窓から、外を見てみる。
いつも鍛錬をしている演習場が、暗い闇の底に沈んでいた。
不気味だ。
見慣れたものも、こうして見ると恐ろしく感じるから不思議だった。
しかし、あの子はどこに――
「どうシたんデスか?」
声。
それにスバルは、比喩ではなく仰け反った。
「!? な、と、ど――」
こだ? と繋げたくなったが、そこでスバルは言葉を失ってしまう。
アレはスバルの、目の前に立っていた。
「と、お……嬢ちゃん。な、なんだびっくりさせるなよ? げ、元気そうだ、な?」
震える声を必死に抑えつけ、スバルは答えた。
内心ドキドキしていたが、その辺を見せるのはスバルの信条ではなかった。
基本女の前ではカッコつけたい生き物よ、男は。
アレの様子は、やはりどこか普通ではなかった。
俯き加減で視線は下げられており、全体的に生気のようなものが感じられない。
それにスバルはまるで幽霊と話しているような錯覚を――
そこで、気づいた。
アレが立っているのは、窓の――向こう、だった。
「ッ!? っ、ぃ……!」
息を、呑む。
そんな、ありえない。
だってここは、寮の三階。
高さは10メートル近くにも及び、ベランダもないのに……!
「どうシたんデスか?」
機械仕掛けのように、感情の灯らない声がかけられる。
さっきとまったく同じ口調、声量、そして文句で。
まるで人と話している気がしない。
まるで人ではないものと話している気にさせる。
「ぃ、い、いや……じょ、嬢ちゃん」
「どうシたんデスか?」
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