“広島の巨象”田原敬三 猪木と戦うウィリーを破り世界大会四連続一本勝ち、鎖骨骨折で病院に運び込まれるまで戦い続けた漢!
ウィリーを破った漢
極真空手史上最強の一角にもあげられる"熊殺し"ウィリーウィリアムス。
196センチにも及ぶ巨体、そこから繰り出される上中下のなめらかにして、意表を突く蹴り、相手の攻撃をものともしない打たれ強さ、尽きることのないスタミナ、そして何よりも、相手を飲み込む巨大な拳が砲台のように、そしてガトリングガンのようにのべすまなく放たれる、その突きのスピード、無慈悲なまでの破壊力。
そんな彼は極真の大会において連勝街道を突っ走り、第二回世界大会準決勝での不可解な反則負け以外、敵なしの要素を誇っていた。
ただ1度の戦いを除いて。
その唯一の相手こそが、今回紹介する広島の巨象と言われた、田原敬三その人である。
田原敬三は選手としてはやや遅めと言える25歳で空手を始めたと言われ、全日本大会には10回から出場しているともされ、第12回大会では細川和也を相手に、空手歴3年の27歳、172センチ87キロと言うがっしりとしたプロフィールを紹介され、いきなり右の下段、左上段と言う対角線のコンビネーション。
左に右左の上段廻し蹴り、左右の上段廻し蹴り、体格に似合わず上段の蹴りを非常に得意としているようだった。
さらに左の前蹴りから左右の下突き、左のハイキックのダブル、ミドルのトリプル、まるでムエタイの試合のような。
強烈なパンチ、下突きを食らいながらも意に介さず、右下段、パンチを食らって意識をそちらに持っておいて、全くおなじモーションでの上段廻し蹴り!
それにもんどりうってダウン!
正しく鮮やかにして、そのスタミナ、スピードも見せつけた戦いと言えるだろう。
しかしその後はベスト4以上に進出するような強豪、優勝者と当たってしまったこともありなかなか入賞することは叶わなかったが、開催された第3回全世界空手道選手権大会の五カ月前に大阪にて開かれたと言う、第一回西日本選手権大会。
第1回西日本大会
この西日本大会は全日本ウェイト制大会のはしりであり、それまで無差別だけ行ってきた極真空手が初めて体重別に分けて行うと言う画期的な変換点であり、しかし初回だけは準備の都合などで従来同様体重制限を設けず開催されたとされ、そこには第二回世界大会で8に入賞した"小さな巨人"川畑幸一や、第16回全日本大会で6位に入賞する五来克仁、その後第5回世界大会で大樹の壁を乗り越え世界チャンピオンとなる緑健児などが出場していたが、それらの強豪を打ち破り、田原敬三は栄えある第一回のチャンピオンとなる。
そしてこの優勝者はそのまま第3回世界大会に優先的に推薦されるとされ、全日本大会入賞よりも先に、田原敬三は世界の舞台に挑むことになる。
その第1回戦、アンワーを相手に田原敬三は開始早々の下段廻し蹴り一発でひっくり返し、さらに右下段3連発で場外にたたき出す。
そして再開と同時にじっくりと間合いを詰めて、相手の前蹴りをさばき様の左上段廻し蹴り一閃!
顔面の真正面をとらえた、あんまりにも鮮烈な1本勝ちによる世界大会デビューと言えるだろう。
…この人には気負いとかそういうのは無いんだろうか?
そのまま対戦相手立ち上がることなく勝ち名乗りを上げ、ちょっと相手が気の毒になりますね…
続く2回戦、マレーシアのケネスチャンを今度は右の中段突きで葬ったといい、3回戦はグレナダのセレスティンオリバーと対戦。
右のローキックをさばきながら中に入っての右ローキックを連発。
相手の後ろ蹴りに内股を合わせ、嫌がる相手に繰り返し、掴まれたところを右の下突きを連発してからの右のローキックでトドメ!
驚愕の、初出場の世界大会にして3試合連続の1本勝ち!
それも上中下、突き蹴り、様々な技を使い分けての、文句のつけようのない完璧なる試合内容。
そしてついに田原敬三は、もう一つの山とも言える、"南アの巨魁"ケニーウーデンボガードと第16回全日本大会で準優勝に輝きキックボクシングで無敵の強さを誇る竹山晴友との延長4回にも及ぶ死闘の熱気が覚めやまぬ中、そのあまりにも巨大すぎる山を迎えることになる。
三試合連続一本勝ち
第4回戦、相対するは"熊殺し"ウィリーウィリアムス。
196センチ100キロ、身長差24センチ。
全日本王者佐藤俊和を粉砕した拳は元より、他の試合すべても上段、下段の廻し蹴り、膝蹴り一本勝ちしているそのあまりにも飛び抜けた実力は承知のことだろう。
果たして田原敬三が開始と同時に、前に出た、と言うより飛び出した。
体ごとぶつかり、得意の右下段廻し蹴り。
それにウィリーも応え、まずは右下段廻し蹴りの応酬。
そこから右の下突きにつなげて、主導権を握ろうとする。
するとそこから、ウィリー得意の左の正拳突きからの右下突きが炸裂。
そこから右上段廻し蹴りに繋げ、左膝蹴り、またもや左正拳右下突き。
後に田原敬三はインタビューに、
「最初の1分間戦って、絶対だめだと思った」
と告白していると言う。
ウィリーの突きのあまりの破壊力に、意識朦朧となってしまったと言うのだ。
しかしその後彼は驚くべき言葉を口にする。
「後はずっとぼーっとしちゃって、どんなに突ききや蹴りを受けても痛いと感じなかった。
だから倒されると言う気はなかった」
…ひく。
一歩間違ったら死んでたんじゃないかこの人。
そんな凄絶な状態で、田原敬三はウィリーのパンチ、膝蹴りを浴び、右の下突き、左の下段をひたすら返し続ける。
ウィリーの右の下突きが食い込む食い込む食い込む。
しかし田原敬三は1歩も下がらず、左の下段。
場外に押し出され、一瞬天を仰ぐ田原敬三。
打ち続けるウィリー、堪える田原敬三、そして左下段。
ウィリーの突きの破壊力がなくなっていく、だんだん押していくものになっていく、そこに田原は右の内股を加える。
耐えて耐えて耐えて、蹴りだけはさばき、場外に出されても頭をつけて前に堪え、日本代表としても意地を見せ続ける。
正直本戦、上がっていても全く不思議はないと思われる。
しかしおそらく2対0で、薄氷を踏む形で田原敬三は延長戦への切符を手に入れる。
前に出て、今度はかぶせるような右正拳突き。
ウィリーの膝蹴りも構わず、前に出ることを優先し、そこから得意の右下段廻し蹴り。
それが膝の上の急所を捉え、ウィリーがバランスを崩す。
連打、思いっきり体重が乗っている。
ウィリーのパンチにはもはや力がなくなっている。
田原敬三の右下段廻し蹴りは、計ったようにぴったりと全く同じところを狙い続ける。
それが炸裂するたびに、ウィリーの動きが止まる。
すね受けされたら内股に変化。
すばらしいテクニックだ、これだけボロボロにされて…
死闘…
ふと、こんな言葉が頭に浮かんだ。
再延長。
大田原コール
ウィリーが前に出るが、もはや体で落ちているような状態、それを田原敬三も体で押し返す。
廻し蹴りは決して食らわない、そして左内股、右下段のコンビネーション。
ここにきて田原敬三は本来の姿を取り戻しつつあった。
右内股、右下段、もはや脛で脛を打っている、右、左内股。
ウィリーが上からのしかかり、時折パンチを打つと言う本戦とは逆の展開、顔面を殴られ注意1を取らさせ、みたび引き分け。
再々延長。
右内股右内股右内股、ウィリーが前傾する。
まるでサッカーボールキックのような蹴り方、今度は田原敬三が前に出る、右内股左下段、さらに右下段廻し蹴り。
接近して左下段左下段左下段、追撃の左下段左下段左下段左内股!
大・田原コール。
最後に右内股を蹴って試合終了、田原敬三一瞬のガッツポーズ。
遂に田原敬三が、あの熊殺し、ウイリーウイリアムスを破った。
確かにこのときのウィリーは万全とは言い難かった。
師範の大山茂によるとウィリーは事業が忙しく、前回の世界大河から4年間、1度も道場に顔さえ出していないと言う。
さらにはその恐怖や緊張感からか、試合会場を酒を片手に走り回っていたと言うのだ。
4年間1度も道場に行かずに世界大会に挑むなど、そもそも大会に挑むなど、通常では考えられないどころか常軌を逸しており、普通ならば初戦で悲惨な1本負けをするレベルであり、その実力が落ちている事は疑う余地は無いだろう。
しかしそれを差し引いてもなお、その実力は凄まじいものがあり、事実として4回戦まで圧倒的な力で勝ち上がっており、田原敬三はギリギリのギリギリのところまで追い詰められており、それを乗り越えた精神力、地力、そしてテクニック、そこにはやはり疑う余地はないと断言して構わないと考える。
この世界大会の日本王座を守ったのは、その1人であるのは間違いなく田原敬三その人だろう。
旗が五本上がった後、田原敬三はタオルにくるまり、コンクリートの床にぶったおれたと言う。
それでもまだその時には意識があり、報道陣の質問には律儀に立ち上がって答えようとしていたと言う。
そんな状態で5回戦を迎え、オーストラリアチャンピオンのピーター・コラスを相手に下段をさばき様ウィリー追い詰めた右の内股、左右下段で追い詰め、左下段廻し蹴りでまたも衝撃の、5回戦で唯一の1本勝ちを奪ったと言うが、そのぶったおれたと言う10分後、救急車で病院に運ばれ鎖骨骨折が判明したと言う。
映えあるウェイト制大会の前身である西日本大会で優勝を果たし、30歳にして初出場の世界大会で熊殺しウィリーウィリアムスを打ち破り、鎖骨が折れた状態で五回戦も戦い、その戦い以外の全てをあらゆる技を用いての1本勝ちで沈め、ベスト8入賞を果たし、そのまま病院へ直行するまで戦い続けた。
極真を代表するべき"広島の巨象"の名を、われわれは覚えておくべきと言えるだろう。
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