第82話「真っ黒カレーパン」
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本編
その日の昼休み。
いつものように隼人と一緒に指定席に行き、彼女に声を掛けてから、三人での昼食が始まった。
今日の彼女のメニューは、真っ黒カレーパンだ。
わけがわからない。
どうやらメーカー側もネタ切れのようだ。
「よづっちゃん、それ、おいしい?」
隼人が尋ねる。
それは僕も気になっていたところなので、ちょうどいい。
ちなみに僕のメニューはこの前彼女が食べてた、50種類のスパイスのカレーパンだ。
食べてみると、使われているであろう五十種類ものスパイスが僕の口の中に見事な"混沌"を作り出してしまっていた。
要はやり過ぎだ。
そう考えると、この真っ黒カレーパンは社の製品の方向転換なのだろうか?
彼女は言われて、無表情に隼人に食べかけのパンを差し出していた。
「ありがとうー」
隼人は笑顔でそれを受け取り、一口大にちぎって口に運んだ。
瞬間、
――隼人の顔が鬼の形相に変わった――
と思ったら、やっぱり笑顔で頬張る隼人だった。
実に美味しそうな様子で、見ているこちらに気づくと、パンを差し出された。
……見間違いか?
なんとなく気になって、差し出されたパンを受け取り、一口ちぎって口に放り込むと、舌が焼き切れた。
「――っつ!? く! がっ……!」
頭が灼熱し、全身から嫌な汗が吹き出し、鼻水まで垂れだした。
まるで毒を飲んだような衝撃が脊髄から脳髄までを突き抜ける。
からっからっからっからっ――白痴のようにその言葉だけを脳内と現実世界で繰り返し、がたがた震える手で袋を裏返し、原材料名を見て、言葉を失った。
それは、真っ黒な"ハバネロ"カレーパンだった。
あの凶悪な辛さを誇るとして日本でも有名なあのスパイスをカレーに使った、特製激辛カレーパン。
真っ黒って、そういう意味かよ――!
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
何度も小刻みな息を繰り返し、バッグから慌ててウーロン茶を取り出して、がぶ飲みする。
口の端から垂れるのも構わない。
構ってる余裕なんてない。
このままだと本気で死にそうな勢いだ。
人生は勉強の連続だな。
まさか実戦空手がここまで役に立たない恐怖の敵がこんな間近に迫っているとは。
……まずい、頭もまともに働かない。
「――ぷはっ」
なんとかペットボトルを一気に空にして、少し人心地をつく。
汗がカーテンのように覆う瞼を薄く開けると、彼女は珍しく目を丸くしており、隼人はやっぱりニコニコといつも通りの――殺意を抱かせる笑顔を浮かべていた。
パンを彼女に返し、一歩、左足を踏み込む。
「はやと、」
「なあに?」
その左足を軸に体を捻る。
まずは足首、次に膝、股関節、腰、左肩、右肩、右肘、そして、
「おまえ、わかっててやった?」
「えっと、なんのはなしかな?」
体を傾け、全体重を同じ順序で移動させて、思い切り遠心力をつけた右掌底を、
「わかってたろ?」
「わかってたよ?」
隼人の顎に叩きつけた。
かくんっ、と凄い勢いで隼人の顎はきっかり四十五度回転し、そのまま糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。ふう、と一仕事終えて彼女を見ると、まったく動じることなく隼人を見下ろし、真っ黒カレーパンをむぐむぐと頬張っていた。
辛いのに耐性ついちゃったのかな?
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