第76話「日帰りのチープな旅仲間」

2020年10月7日

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目次

本編

「隼人、そろそろ五限目始まるぞ! チャイ語は混んで面倒くさいから、ぼちぼち行って前の方の席取っとこう!」

「うん」

 隼人はまったく躊躇なく笑顔で頷いた。
 ――相変わらず掴めないやつだった。

 その時、またもや携帯が震えた。
 ややとまどいながら見ると、

『はやとあどしりた』

 字の変換がまったくなく、しかも脱字がいくつもある文章としては成り立っていない文面だった。
 よっぽど焦って打ったのだろう様子がうかがえた。

 見ると、彼女は俯いてた。
 更にによく見ると――帽子で隠しきれない耳が、真っ赤になっていた。

 隼人にそのメールを見せる。
 それを見た隼人は、いつもの様にニコニコしたまま、

「はい」

 携帯を差し出した。
 またあの彼女の、嬉しくてたまらないというような屈託ない笑顔が見られた。

 ――ちぇっ。
 それを見て、ちょっとだけ寂しいような嫉妬するような気持ちになってしまった僕がいた。


 それは、巨大な黒い影が湧き上がったかのように見えた。

 一コマ九十分もあるのに休み時間は十分で昼休みも五十分という高校までと同じペースの、大学の授業。
 しかもそれが一日四コマもびっしりと入っている今期の一週間で一番面倒くさい火曜日の授業をようやく終え、とっとと帰ろうと立ち上がりかけた時、いきなり僕の目の前に大学第三の仲のいい友人である神龍(しんりゅう)が現れたのだ。

「おっ!? おおっ、し、神龍か? ひ、久しぶりだな。最近、どうしてた?」

 椅子から転げ落ちそうになってた体勢を立て直しながら、尋ねる。
 だけど神龍は僕の質問など全く聞こえなかったかの様子で、そのスラリと伸びた細身の体を後方の窓の方に向けて、

「白柳(しろやなぎ)。……世界を、見に行かないか?」

 どこか遠くのまだ見ぬ地に思いを馳せているような目で、言った。
 ……久々に来たな。

 僕はそう思うと、ふうと息をついて、

「――いいぜ。一緒に風になろう」

 同じく遠くを見るような目をして囁いた。

 僕と神龍こと神龍幸之助(しんりゅう こうのすけ)は旅仲間だ。
 それも、自転車で行ける所までペダルをこぎ続けたり、古い森を探検したり、山に登ったりという、日帰りのチープな旅だ。

 その旅は定期的に行われるわけではなく、完全に神龍の気分に左右される。
 一番多いのが二から三週間おきだけど、一度二ヶ月ほどまったくなかった時もあるし、三日と開けず行った時もある。

 そして僕はそれに、ほぼ百パーセント付き合っている。
 大学生にもなって……というなかれ。
 どこまでも続く夕暮れの坂道を自転車で下ったり、偶然見つけた川ではしゃいだり、三百六十度地平線しか見えない草原で大の字になって寝たりするのは心から開放される、本当に良いものだったりするのだ。
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