#19「抱擁」
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目次
本編
こんなにぼくが色んな事を考えて生きているとは、ぼく自身思ってもいなかった。
だからこの言葉たちは、彼女から絞り出されたと言えるかもしれない。
だからこの言葉たちは、彼女から絞り出されたと言えるかもしれない。
「ぼくはずっと……生きる、という意味がわからなくて……それでずっと、悩んでたんだ。こんな風に毎日病院で、愛想笑いして、なにも出来ずに死んでくなら、ぼくはなんのために生まれたんだろうって……だけどマヤに会えて、初めて楽しいと、思えたんだ。生きていく、ことが」
「……でも、遼」
でも、という返しがくるとは思っていなかった。
「なに、マヤ?」
「生きてくって、辛くない?」
それも、核心に迫る質問だった。
というよりも、出来るだけ考えないようにしてきた質問だった。
「つ……辛い、よ?」
目を逸らしたくなった。
なんでこんな事態になってるのかわからなかった。
辛いか辛くないかでいえば、辛くないわけがなかった。
日々の検査、投薬、当然のように起こる副作用、見返りのない我慢の日々。
辛くないわけが、なかった。
誤算だった。
予想外だった。
こんなはずじゃなかったのに。
ぼくはただ、彼女と他愛のない話をしたかっただけなのに。
ぼくも人生を楽しんでいいんだって、伝えたかっただけなのに。
「遼は苦しいのに、なんで生きてくの?」
さらに追い打ちを、君はかけるのか。
「……そこに理由なんて、ないよ」
ぼくの胸の裡を無理やりに近く暴かれ、進退きわまってというものに近い形でぼくは、棚多さんの言葉を借りていた。
ぼくの瞳を見つめるマヤの、涙に濡れた瞳は、揺れていた。
「理由、ないの?」
「う、うん……ない、ね。ただ生きてる。生きたいから生きてるというより、生きない理由がないから、生きてるっていうべきかな?」
「じゃあ、死にたい?」
最初の出会いを思い出させる問いかけ。
「死にたく……は、ないかな……今は」
ぼくはそこに、限定条件をつけた。
「いま、は?」
「うん、今は。まだ、死にたいとは思わない……というより、思ってはいない、かな?」
今は、まだ。
死にたくなるほどは、生きるのは辛くないかな、と。
「じゃあ遼は、いまは生きていたいんだね?」
「そう、なるかな」
「だったら、わたしが傍にいてあげる」
マヤはそう優しく言って、ぼくの頬を挟んだまま、その胸にかき抱いてくれた。
「――――」
それほど人と深く接した記憶が、ない。
だから嬉しさやそういった類の感情よりも、正直戸惑いや動揺の方が強かった。
だけどそれをねじ伏せて余りあるほどの安堵感が、全身を包んでいた。
「あ……」
思わず声が、漏れた。
それほどだった。
不安や不満や葛藤や苦しみが、その瞬間ぼくの中から消え去った。
世界が、ぼくと彼女だけになってしまったように錯覚した。
それほど彼女の温もりは、心地よかった。
まるでぼく自身が、胎児にでも戻ってしまったかのように。
「……マヤ」
「寂しかったんだよね、遼は。いっぱい話聞いて、わかったよ。だからいまは、わたしが傍にいてあげるね。寂しく、ないように」
「なんで……?」
心地よかった。
嬉しかった。
だけどそれは、やっぱり理解できないことだった。
疑問。
「なんで、そんなに……優しくしてくれるんだい?」
マヤはそれには応えず、ただ静かにぼくを抱き続けた。
されるがままのぼくは、もし看護士さんが見回りに来たらどんな顔されるだろうな、なんてことを考えていた。
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