ぼくの生き方②

2019年10月11日

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「――――」

 裕子さんがドアを閉めたのを確認し、ぼくは横になり、毛布を肩までかけた。

 12月も半ばの今日、暖房が利いているとはいえやや肌寒いのには違いなかった。そして体勢が整ったぼくは、いつものように瞳を閉じる。
 閉じたいわけじゃない。閉じる他、ないからだ。

 強制的にほとんどすべての活動が停止させられる、この時間帯。
 患者であるぼくに許されているのは眠りにつくか、それまでのあいだ無理やりに近い形で様々なことを考えさせられるか、くらいだった。

 考えたくも、ないのに、だ。

「――――」

 いまの自分を、俯瞰的視点で捉える。
 ベッドに横たわり、暗くなった部屋で、言われるままに従い、抵抗するそぶりすらも見せない。

 これがぼくの、生き方だった。

「――――」

 憂鬱になる。
 自分の言葉のせいでというのが、なんとも皮肉で笑みすら作れなかった。それにさらに悪循環的に、気分は落ち込んでいった。

 夜に考えごとをするのは、ぼくはあまり好きではなかった。
 闇の中で思考を続けられるほど、ぼくは見てきたものが多いわけじゃない。
 だからそれは思考ではなく、想像、もしくは空想という方が近いと思う。

 だからいつも最初に想うのは、外の世界のことだった。

 ずっと、こうして生きてきた。

 だから他の生き方を、ぼくは知らない。
 というよりは、したことがないというべきか。知る知らないだけでいうなら、ぼくは知っている。本やインターネットを初めとする、様々な情報ツールによって。

 だけど、気持ちがわからない。
 実際に外の世界で生きていくということが。
 その、意味が。

 学校に行ったり、遊びに行ったり、仕事をしたり、飲みに行ったり、友達を作ったり、恋人を作ったり、結婚したり。

 そういうことが、わからない。




 それがいったいどういうもので、どういう意味があるのか? それが当たり前というものなのか? それが幸せ、というものなのか?

 じゃあいまのぼくは、いったいなんなのか?

「…………」

 わからない。

 考えても、実際経験したことがないから。失敗や苦しみを自分ごととして捉えられないから。
 それらをどうしても、共有できなかった。

 だから叫び出すほど嬉しい、という気持ちもまた、わからなかった。

 幸せというものは、そういうことなのか?

 なにか信じられないほど楽しい時、そう感じるものなのか?

 わからない。
 疑問ばかりが溢れ出てくる。だけど答えてくれる人はいない。誰も、ぼくと心の底から付き合おうと、向き合おうとはしてくれない。

 誰も、教えてはくれない。

 ただ本に、縋りつくしかない。

 だけど今は、本を読むことすらできない。だから空想することしか、ぼくには出来ない。できない。ほとんど。

 なにも。
 なにもぼくはに決められない。自分の運命で、すら。なら。だったら。ぼくは。ぼくはいったい。

 ――ぼくはいったいなんのために、この世に生まれたのか?


 
 月が、陰った。 



「…………?」

 ほとんど無意識に、ぼくは眉をひそめた。

 それは初めての出来事だった。
 消灯後の病室では、基本カーテンは閉め切られている。だからそもそも月光の存在を意識することがなく、だからそれが突然陰るなんてことも、本来ありえないことだった。

 ぼくは思わずそちらへ、視線を向けていた。
 今日の雲は、そんなに足が速いのだろうか? なんてことを、思いながら。

 窓枠に切り取られた闇夜が、視界に入る。
 カーテンはそこから吹いているだろう風に、たなびいていた。



 そこに、誰かの輪郭が溶け込んでいた。



 ぼくは思わず、呻いていた。

「あ……」

 黒く塗りつぶされた、小柄で華奢なシルエット。
 大人のものではなく、しかし子供というほどでもなく、そして腰の位置から広がるシルエットが、それが自分と同年代程度の少女であることを見ているぼくに、伝えていた。 

 突然の展開に、まったく頭がついてこなかった。
 そしてついてこないままにマグマから溢れる泡のように、次々と疑問が浮かんできていた。

 だれ?
 なんでそんな所にいるの?
 何をしにきたの?
 どこから?
 どうやって?
 どこのひと?

「…………」

 だけど言葉は、うまく出てきてはくれなかった。

 突然現れた人物に咄嗟に対処できるほど、ぼくは場馴れしていない。そこにはハッキリと、経験の差というものが出ていた出典ライトノベルの戦闘シーン。

 そんな何も出来ないぼくをよそに、輪郭は窓枠からつま先を、下ろした。 

 そしてゆっくりと、こちらに向かって――歩いてくる。

「…………」

 どくん、どくん、と心臓が脈打つ。そこに芽生えているのは恐怖なのか、期待なのか、それとも別の感情なのか? 答えは一つも、出ではこなかった。

 輪郭の影が、ぼくの姿を覆い尽くす。

 伸ばされた掌が、ぼくの頬を撫でる 

「――――だ……」

 疑問を意味する文章を構築するためのあと一文字が、どうしても出てこない。 

「夜は、ひとの世界じゃない」

 意味がわからない。

「ここは別のモノも棲まう、死んだ世界」 

 意図が掴めない。

「だからここではみんな、ホントの姿をさらけだす」

 その時だった。雲が移動したのか陰った月が不意に、その姿を見せた。
 それに輪郭が、振り返る。
 その顔が月光に、照らされる。

 一瞬、発光しているのかと思った。

 それくらい彼女は――美しかった。
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