ぼくの生き方①

2019年10月11日

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 生まれてからぼくは、まともな人間関係というものを知らずに生きてきた。

 見えるのは、真っ白なものだけ。
 簡素な服に、毛布に、ベッドフレームに、サイドテーブルに、その上に載っている花瓶に、壁に、床に、天井。
 なにもかもが磨き上げられた、清潔な場所。きちんと整理されて、埃ひとつ落ちてなくて、その代わり生活感がなくて、それは人の温もりを感じさせない、無機質な空間――

 これがぼくの世界の、全てだった。

 どんなに見つめても、どんなに願っても、この世界が変わることはない。
 開かれた窓からも、なにが聞こえるということもない。
 言ってしまえばこの空間は、既に完成された、終わった世界だった。

 だからぼくはそこから視線を転じ、手に持っている本に注ぐ。

 本のタイトルは、『在るべき人間関係』。特に望んでというわけじゃない。
 ただタイトルに、惹かれといえばそうかもしれない。

 ずっと、病室のベッドの上で暮らしてきた。

 運動なんてしたことないし、会話もたまにやってくる母親か数人の看護士さんに加えて担当医である渡河辺(とかべ)先生と、合計してもせいぜい一日15分ていど。
 親に看護士に医者に、大切に、大切に、それこそ腫れ物にでも触るように、扱われてきた。

 それをありがたいと感じないわけでもなかった。

 それを疎ましいと感じていないわけでも、なかった。

「…………」

 パラリ、とページをめくる。

 この瞬間だけは、ぼくはぼくでいられる。
 その他大勢の人間の顔色を、うかがわないで済む。
 窓から流れる風が、ぼくの前髪を揺らした。





 だからいつも、本ばかり読んできた。
 もしくは漫画や、ひとりで出来るいくつかのゲームなんか。
 動けない以上、やれることは少ない。トランプやオセロなんかの第三者を必要とするものは出来ないし、テレビも一応最低限見てはいるが同じことの繰り返しということと一般人との気持ちの共有を図れなくて、最近では手が伸びなくなっていた。

 結果としてぼくの日常は活字が中心の生活になっていった。
 一人で、物語の世界に浸ってきた。漫画やゲームや小説の世界で、ぼくは生きてきた。

「…………」

 パラリ、とページをめくる。
 そのたび新しい情景が、脳裏に浮かぶ。想像に浸る。無い経験は、映像メディアで補完する。そうやってでしか、ぼくは楽しむすべがない。

 そのなかでは登場人物たちはみな、日々を仲間と、楽しく過ごしていた。

 仲間。

 それは、心許せる関係だった。
 お互いを気遣うのではなく、思いやり、時には怒り、だけどその根底にあるのは誰にも切れない、絆。

 それが、ぼくの興味を引いていた。
 対等な扱いというものに、憧れていた。

「消灯時間ですよ、成海(なるみ)さん」

 突然の呼びかけ。
 それにぼくは埋没していた意識を引き上げ、俯かせていた頭を上げる。

 そこには背が高く、しかも横にも広くて頑丈そのものといった看護士が壁にある蛍光灯のスイッチに手をかけ、こちらを見つめていた。

 ぼくの担当をしている看護士の、裕子(ゆうこ)さんだった。
 見立てだが身長は170、体重は80近くに及ぶと思われる。もちろん目測で、さらに参考にする対象が自分のデータしかないという貧弱な予測だったが。

「電気消しますよ、いいですか?」

「あ、はい」

 少し強めなその確認に、ぼくは読みかけの本を閉じる。
 そしてサイドテーブルに置き――お決まりの笑顔を、浮かべる。

「大丈夫です、お願いします」

「じゃあ、静かにおやすみなさいね、成海さん」

 それに裕子さんもいつものたっぷりした笑顔と挨拶を返し――天井の蛍光灯はその役割を、終える。

 今日も夜の時間が、やってきた。
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