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コロナ禍うつ病潰瘍性大腸炎になり派遣切り就活20敗で考えた事

2020年11月13日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

死と生の狭間、人間の尊厳を想フ

いろんなことを考えました。

まず、やはり人間の尊厳というものを定義しようと試みましたね。

潰瘍性大腸炎になって、1日15回以上のトイレに行くようになって、毎回下血して、内臓がこねくり回されて、いつでもすぐそばに死というものが存在するような毎日最中。
それについてはこちらへ → 不治の病―潰瘍性大腸炎闘病記「余命宣告に下剤地獄と死に瀕する」

もう死にそうで、死んでしまいそうで、だったら死ぬっていう事は何なのか、生きるとは何なのか、自分は何で生きていて、そしてこんな病気になって死にそうになっているのか?

もちろん答えなんてありません。

それは結果論であり、後付けの理由なんて当てはめる方が不合理です。

だけど実際に病気の渦中では、そんな理屈が通るほど余裕があるわけではありません。

人間というものが潜在的に努力や労力に対して、その人にとっての妥当な対価を求めます。

例えば平地で当たり前にラーメンとか食べたんだったら純粋に味で評価できるところが、標高2000メートルの高い山の上にあるラーメン屋で食べた場合は、たとえ味が普通でも、これだけ苦労して頑張ってここまできて食べているんだからおいしくないと割に合わないと疲れた体と心がとっさに同等の対価を求めて、これはおいしいはずだと決めつけて、実際に脳みそが騙されておいしいと感じるようになります。

これだけ苦しい想いをしているのだが、それに耐えて頑張っているのだから、そこに何か意味がないという状況が、人間には耐えられるようにできていないのです。

死を望む中、自分の価値を想フ

そしてその後うつ病になりました。

元来の生真面目さ、自信のなさ、将来に対する不安、それが在宅ワークによって大幅に増幅され、決壊した形でした。
詳しくはこちらへ → 死に至る病――うつ病闘病記「認識の誤り―発病の素養」

よく間違って認識している方が多いのですが、うつ病というのは精神疾患ではなく、現実的には肉体疾患です。

あれもしたいこれもしたい、あれもしなければならないこれもしなければならない、だからしようという気持ちがあるのですが、それに体がついてこないのです。

医学的には――あくまですごく大雑把にかつ原因については未だ確証たるものは出ておらず諸説入り乱れてはいるのですが、一説に脳のセロトニン受容体が異常を起こしてシナプス間の神経伝達がうまくいかなくなることによって起こるといわれています。

もともと自己肯定感が低かったのに、それどころか最低に近かったのに、さらに努力することも出来なくなった自分。

それは一人暮らししている身にとっては=生活の維持の限界、つまりは社会的な死に結びつきます。

動きたい、というか動かなきゃだけど動けない、動かない、このポンコツが、何のために、俺は何のために、生きているのか――

やがて、自分に生きている価値がないのではないのかという結論に達してしまいます。

そんな時に支えてくれたのが、身近にいる大切な人たちでした。

教えてくれたのは、俺が何か成し遂げたり、成功したり、そういった外的なものではなく、自分自身が幸せで心穏やかに生きてほしいという願いでした。

そこで自分というものが1番自分を大事にしていなかったという事実に気づき、自分を見つめ直そうと、自分というものを知ろうと、自分が何をしたいのかという自分探しの旅が始まります。

ドン底の現場で、労働とお金と社会を想フ

しかし現実的に働かなくては、収入がなくては生きていけないので、しかしうつ病では明日平気でも明後日にはダウンしているかもしれないので定期的な仕事は難しいという物理的な条件のもと、紹介された派遣スタッフという業務に携わることになりました。

はじめての現場仕事というもの――流れ作業や力仕事、頭を使わなくてよくて単純でぱぱっと稼げて意外と楽しいというイメージはもう最初の現場からというかむしろ行く前から跡形もないほどに崩れ去っていました。

どこに行っても駒のような扱い。

名前で呼ばれる事はもちろんなく、それどころか「おい、そこの派遣!」という何かの固有名詞のように呼ばれる有様、ほとんど人間扱いでさえない。

作業時間中ずっと稼働していなければ注意をされる、常に監視される、まるで機械と同じような状況。

そこで働くとは何なのか、この社会とは何なのか、お金とは何なのかさんざん考えさせられました。

本当に本当に働くのが嫌で仕方ありませんでしたが、しかし生きていくためには働くしかなく、その葛藤と矛盾の中で心は摩耗して体はすり減り、しかしその中でたまたま偶然幸運なことにそこで生き生きと働くおばちゃんたちがいるかなり労働環境が良いところにあたり、そこをメインとして働くことができるようになりました。

そこでは威張り散らされることもなく、常に動けと見張られることもなく、そしてそんな中でわきあいあいと清々しいほどに自己主張しながら働くおばちゃんたちのそのたくましくも明るい姿に、目から鱗が落ちる思いをしました。

派遣切りからのモラハラで、自分というものを鑑みル

しかし時が流れ、2020年の3月あたりから中国の武漢から広がったコロナの影響がじわりじわりと広がり始め、それと重なるように4月からの派遣法改正によって、一斉にそれに合わせての派遣切りが行われるとの噂が広がりました。

もともとが不景気だとか、様々な影響で限界が来ていた日本経済に、追い打ちをかけるようなコロナ、そこに何とか派遣スタッフという裏技で安い賃金で使い捨てることによって保たせていた零細企業はその人件費のアップに耐えられずに沈没していき、中小企業はそのコストがバカバカしいと正規の社員を雇うようになり、我々派遣スタッフは何の情もなくバッサリと切り捨てられていきました。
詳しくはこちらへ → 緊急速報、4月からの派遣法改正のより絶体絶命に陥ります……。

唐突な環境の変化に戸惑い恐れおののきながらも就職活動を行い、いくつか落ちる中で1つの警備会社に行き当たりました。

当初は海の監視員で応募したところでしたが、常時の募集ではないということで紹介され、時間や金額等の折り合いから急遽始めるところにあいなりました。

警備というものに正直偏見や抵抗はありましたが、基本的には見張りという役割で、さすがにそれほどきつい思いはしないのではないかという多少の期待がありましたが、それは見事に裏切られた結果になりました。

テレビやアニメやドラマで見るようなダラダラして、そろそろ巡回行くか何でもないけどなあみたいな、そんなゆるい雰囲気など微塵もありませんでした。

日差しを遮るものがない門の傍で直立不動で累計6時間も7時間も立ち続けていると、足の裏と膝と腰と背中に異変が現れ、正直最初の頃は足を引きずって帰ることになりましたし、背中は筋肉が突っ張ってしまって夜もなかなか寝付けないほどでした。

雨や風や鋭い太陽光線は体の奥まで染み渡るようで、目を回しながら警備室に戻ることもしょっちゅうでした。

警備室で見守ることも全く休憩にはならず常に20台ものカメラに目を光らせ、何か異常があったらすぐにその状況について求める無線が飛んできてもし見逃しなんてしていれば厳しい叱責を受けて、さらにはいつ警報や異常事態が起こって、それに対する的確な対応を試されるかと気が休まる事はありませんでした。

それに何より、日常的に暴力を振ったりとんでもない罵詈雑いを吐くパワハラモラハラの上司がいて、それによってすでにその職場では10人以上の人間が辞めているという状況でした。

それでも最初はやめるつもりなどありませんでしたが、2ヶ月を過ぎて県をまたぐほど離れているにも関わらず最初はないといわれていた遅番をすることになって、しかもそれを教える担当がそのパワハラモラハラ野郎になり、3時間もの間ずっとプレッシャーをかけられ続けで、しかも立場や仕事を盾にしたうまく反撃できないやり方をされて、それでもうどう考えても限界になって、3ヶ月目に辞めることになりました。

だから2ヶ月を過ぎたらすぐに、転職活動を始めました。

本当に自分がしたいことを考えて、ライトノベルよりの小説家志望なのだからゲームや書籍関係の書店などの仕事が良いのではないのかと最終的に考えて、とりあえず受けまくりました。

結果として、1ヵ月を過ぎて仕事を辞める時期になっても、さらにはそれから1ヵ月が経っても、それで20連敗して、次の職が決まる事はありませんでした。

これがコロナの影響なのか、書店という仕事自体がそもそもがそれほど仕事がなく短時間が多くて、現在の電子書籍の波によって仕事がなくなっている状況が関係しているのかは分かりません。

全てを無くし切り捨てられた中、直感に覚醒すル

しかしそんなふうに就職活動を続けながら、空いた時間でふと、前から続けているブログに手を出そうと思いついた時がありました。

それに関しては、本当に感覚的なものとしかいいようがありません。

しかし始めてみると実際SEO的なもの、それで必要な措置が取れていなかったことに気づき、そしていろいろな経験や、20年以上の極真空手の経験や、2年間ロンドンに留学した経験、167回メイド喫茶に行った経験、15年以上執筆活動を続けている小説家としての能力が、他のブログにはないオリジナリティーを生み出し、素晴らしい情報や作品を送り出せるのではないかということに気づくことができました。

以前の自分だったら手前味噌だとばかばかしくこの文章を削除していたでしょうし、自信がないし、他人の目が気になって、こんな記事を表に出すことは出来なかったに違いありません。

それもこれも、様々な経験を経て――1つは「嫌われる勇気」で有名なアドラー心理学を勉強したことも大きな経験といえるでしょう。

人にとっての悩みは、100%が他人との人間関係に集約される。

こうやって現状を話したり、そんなふうにブログを更新していくことが劇的に自分の人生を変えることという確証はありませんが、なんとなく感覚というか予感のようなものは出ているような気がしないわけでもなかったりします。

結局のところ自分を信じなければずっと人生は苦しくて、そして未来がわからない以上そう信じるという事は、結局のところ自分の長い人生において獲得してきた、将棋でいう大局観のようなあてのない知識や経験が下地となっている自分自身ともいえる直感を信じて行動することだと考えています。

コロナ禍の現場、まだ仕事が決まっていないそんな今ですが、今まで頑張ってきて乗り越えてきてそしてさらに今も頑張っている自分を、どこまでも信じて、前向きに楽しく自分らしく生きていければそんな素晴らしい事はないんじゃないかと、そんなふうに今日も筆をとってみました。

ここまで読んでいただいて、心の底から感謝いたします。

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