Ⅱ/運命の日③

2019年11月17日

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 だが悲しいかなその必死さのせいで、アレはいつも通りを演じることは叶わなかった。

 こんなにアレの方から話しかけることは、通常ありえない。
 普段は祖母の方から畳みかけるように質問が浴びせられ、そして――今の祖母のように、アレはただ微笑むだけなのだから。

「……アレ、クロア」

「は、はいっ。なんですか?」

 祖母の身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
 アレの方に、突然。
 それにアレは驚き対応できず、そのまま下敷きになってしまう。

「っ、ぅ……お、おばあさん?」

 そこからもぞもぞと這い出て、アレは祖母の手を握る。

 しかしその時すでに、祖母の目は濁り光を映してはいなかった。

「アレ=クロア……これを」

「これ、は……?」

 アレに手渡されたのは、自身の血に塗れたロザリオだった。
 それにアレは、激しく動揺する。

 どういうこと?

 これはなに?

 いったいなにを伝えたいの?

 しかし結局どの疑問も口にすることは、叶わなかった。
 祖母は既に光を映していない瞳で天を仰ぎ、呟いた。

「どうか、アレ=クロアに……神のご加護が、あらんことを」

 それが最期の、言葉だった。

 そしてアレが握る祖母の手から、力が抜けた。
 同時に瞼も、閉じられた。
 アレは結局なにも語りかけることは、なかった。
 もう終わったのだと、直感として理解してしまったから。

「――――」

 ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ。
 嘘だと思いたかった。
 祖母の手を、強く握る。
 だけど返ってくるものはない。
 祖母は、既に祖母ではなくなっていた。

 こんな世界は、望んでいない。

「お別れは済んだかい、お嬢ちゃん? じゃあ今度はおじさんと、いいことしようかァ?」

 男の手が、肩に触れた。
 それに超反応ともいえる動きを見せて、アレは男の手を叩いた。

 生まれて初めて、ひとを拒否した。
 激しい嫌悪感だった。
 これまで一度も、味わったことがない類の。

 俯瞰感覚が、消え去っていた。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 息が、荒くなる。
 頭が漂白されていく。
 なにが起こってるのか、理解していく。

 生きたい。

 生まれて初めて、心の底から、そう願った。

 生きたい。

 死にたくない。

 そう思った。

 死ぬのは嫌だと。

 しかし男はその抵抗に、露骨に顔を歪めた。

「……あァ? んだてめこら、なにしてくれてん、だっ!」

 パン、と思い切りアレは、頬を張られた。
 それにアレは、一瞬音が消えるほどの衝撃を受けた。
 生まれて初めての、暴力を味わった。
 意識がぼぅ、とする。

 そこにすかさず男が、乱暴にアレの衣服に手をかける。

 それにアレの意識は、覚醒する。

「ッ……イヤ! イヤイヤイヤイヤだ離して触らないでッ!!」

 それはアレ自身も想像すらしていなかった激しい抵抗だった。
 両手を振りまわし、髪を振りみだし、金切り声をあげる。
 それに男はもう一度、二度と頬を張るが、抵抗が止まるのは一瞬だけで、すぐにアレは暴れ出した。

 ただアレは、思っていた。

 祈った。

 心から、神に。

 神様に。

 神様に――!

 心の底から、叫んだ。

「お……お願いです、神様ッ!!」

 母の死体にのしかかられ、全身咽かえるような血の塊に頭からかぶり、白い天使から赤い悪魔のような様相になりながら、アレ=クロアは、喉の奥から絶叫を、振り絞った。

「た、助けてください! お願いです、助けてください、助けて、助けて、助けて、お願――」

 アレは男たちに捕まり、そして乱暴に拘束される。

「い、いやだッ! お願い、お願いしますッ!! 助けて、助けてください! 救って、わたしを救って! こんな、こんな世界は嫌だ! こんな風に終わるのは、嫌だッ! お願いです、神様ッ!!」

 その胸を裂くような絶叫に、男たちに動揺が走る。

「な、なんだこいつ?」
「やべぇな……イカレてんじゃねぇか?」
「どうする?」

 問われ、男は服を剥ぐ手を離し――得物を手に、取った。

 その切っ先が、アレ=クロアの胸に――心臓に、向けられる。

「殺しちまおう」

 そしてあっさり、突き刺さる。

 世界がひび割れたような、激痛。
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