Ⅱ/運命の日②

2019年11月17日

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 なら、やることはただひとつ。

 いつものように悲しさに、心を痛めるだけ。
 その対象が世界から自分に、変わっただけだ。

「お前らにゃわかんねーよ、アナルの良さはよ、ヒャハハハ! んじゃまぁ……」

 胸ぐらから、衣服へと手が伸ばされる。
 白い粗末な一枚服は、簡単にまくし上げられる。

「げへへへ、役得役得……じゃあまぁ、いただくかァ」

 肌に、手が触れられた。

 気持ち悪かった。
 だからアレは、瞼を閉じた。

 最悪の瞬間を、見たくはなかった。

 もう、終わったと思った。
 ずっと気づいていた、終わりの予感。
 それが訪れた。
 ただそれだけの話だった。
 今まで一切なにもしてこなかったのだから、これは当然の帰結だった。

 だからもう、終わればいいと思った。

「げへへへ、やーらかいねぇ……って、うぉ!? なんだお前?」

 周りで男が、騒いでいる。
 もう意味もわからない。
 どうでもいい。
 どうせ自分には、手の届かない出来事だ。

「離れろ……っ、ババァ!」

 男の感触が、消えた。

 刃が肉を抉る音が、聞こえた。

「…………」

 刺された、と思った。
 なぜかなんてわからない。
 わかりようがないし、わかろうとも思えない。
 だけどこれで、本当に終わったのかと思った。

 だけどなぜか、痛みがなかった。
 それはさすがに無視できなかった。
 どうして痛みがこないのか?
 ひょっとして人間死ぬ時は、痛みを感じないものなのか?
 ならばいま自分は、天国にいるのか?

 アレは無意識に眼を、開けていた。

「おばあ、さん……?」





 おばあさんが目の前に、立っていた。
 こちらに背を向ける形で。
 いつも自分には笑いかけていたので、その背中を見ることはほとんどなかった。
 それは広く、頼もしかった。

 その右上から、ナイフが生えていた。

「おばあ、さん……ナイフが、出てるよ?」

 アレは呟き、いつの間にか地にべた座りしてた状態からベッドフレームに手をついて、ふらつきながらも上半身を持ち上げ、そのナイフに手を伸ばす。
 そんな場所に、ナイフが生えてはダメなはずだ。
 だから早く、取らないと。
 取らないと。

「……ったく、つまんねー殺しさせやがって」

 意味のわからない言葉とともに、そのナイフが向こうへ消える。
 よかった。
 ナイフが取れた。
 アレは安堵の笑みを見せた。
 あとは早く、いつものようにおばあさんがこちらを振り返ってくれないかと思った。
 そうすれば自分はいつものように人形のような、いつも可愛いといってくれた笑みを見せるから。

 しかし次の瞬間アレに浴びせられたのは祖母の笑みではなく、ナイフが引き抜かれた背中から溢れ迸る――鮮血だった。

「あ――――」

 それにアレは、言葉を失う。
 これはいつも見てきたものだった。
 食べ物を盗み、男に捕まり、殴られた子供たちが鼻や口から流していたものだった。
 その時子供たちは苦しそうな顔をしていた。
 だからアレは思う。
 おばあさんもきっと、苦しそうな顔をしてるんじゃないかと。

 おばあさんが、振り返る。

 そこにいつも通りの笑みを見つけた。

 口元から、赤いそれを溢れさせながら。

「あ……お、おばあさん……お、おはようございます」

 アレは震える口元を制して、いつもの挨拶を送った。

 いつも通りだ。
 アレは必死に自分に言い聞かせていた。
 いつも通り。
 なにも変わらない。
 祖母はいつものように自分に食事を届けに来てくれたのだ。
 それだけだ。
 だって祖母は笑っているじゃないか。
 だから自分も笑え。
 笑っていつものように話せ。
 なにも変えるな。
 変えてはいけない。
 変えた瞬間、世界は変わってしまう。

 まるで言い聞かせるように、アレは必死に思った。

「きょ、今日は少し早いんですね? どうしたんですか? なにかあったんですか? ち、ちなみわたしはなにもありませんよ? いつも通りです。いつも通りベッドで横になって、待ってました。待ってましたよ、おばあさんを? きょ……今日の食事は、なんですか? 楽しみです、お腹空いてるんですよ、はは……」
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