Ⅱ/運命の日①

2019年11月9日

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 その日も、アレにとっては何も変わらない一日のはずだった。
 少しづつ滅んでいく世界を、俯瞰するようにベッドの上で横になる。
 そして一日は、何事もなく終わる。
 そうだろうと思っていた。
 それをただ、嘆くだけだろうと思っていた。

 何かが変わるのにきっかけなど必要ないということを、アレは知らなかった。
 それを知るには、アレにはあまりに経験がなさすぎた。
 あまりに条理、不条理というものを、知らな過ぎた。

 だから部屋のドアが荒々しく開かれた時、その反応は奇しくも神父と同じものとなってしまった。

「え……?」

 その瞬間、アレの脳裏には神父のように多くのことが駆け巡ることはなく――唯一浮かんだのは純粋な状況に対する、疑問だけだった。

 ――なに?

 しかしそれはいずれにしても、あまり変わりがあることではなかった。
 両者とも単に、この事態に対する覚悟が決まっていなかった、と一点に他ならないのだから。

 結局世を憂いながらもアレ=クロアがしてきたことは、ただ悲しむということだけだったのだから。

「イャッハァ――――っ! 燃やせ、奪え、犯せ、殺せ――――――――ッ!!」

 開け放たれたそこから飛び込んできたのは、耳をつんざくような痛々しい怒声、罵声、濁声(だみごえ)だった。

「…………っ!」

 それに反射的にアレは、両耳を塞いだ。
 こんなに大音量の声を鼓膜に叩きこまれたのは、初めてのことだった。
 まるで音の暴力ともいえた。こちらの状況など構うこともなく、一方的に押し付ける。

 そして次の瞬間。

 アレの真横にある窓が、叩き割られた。

「!?」

 ずっとこの部屋と向こうの世界を分け隔てていた、絶対の境界。
 そう思っていた。
 そう認識していた。
 だからアレは窓には触ることすらせず、埃まみれのそこからずっと向こうを観察してきた。
 それはアレにとって、神聖さすら含むものだった。

 それが目の前であっさり破られ、そしてその破片が自分の身の上に――降り注いできた。

「ぅわ……わ、わ……!」

 それに必死になって両腕で顔を、身体を庇う。
 恐かった。
 今まで一度もそんな経験がなかったから、それで身体を切るだとかそういう具体的に思うよりも純粋に、初めての経験に、恐れおののいていた。

 身体が――前に、引っ張られた。





「っ!?」

「あァ? おい、女がいたぜ?」

 気づけば目の前に、男の顔があった。髭もじゃで、脂ぎってて、それは見てはいられないものだった。
 しかもその目は真っ赤に充血し、ギョロギョロと動きこちらを観察している。
 否、舐めまわすようにしている。アレは耐えられず視線を外し、男から離れようとした。

 しかし、動けなかった。

 自分の身体は、胸倉を掴まれ男に拘束されていた。

「ッ? っく、ぅ……!」

「えっひゃはは! こりゃまた上玉だぜ? しかも若ぇ。若すぎる気もするがな……ぐひゃハハハハ!」

 ジタバタ足掻いてもビクともせず、そして男は自分を掴んだまま耳元で、笑い続けた。
 それも、大音量で。
 それにアレは顔をしかめた。
 なぜこんなに近いのにこんなに大きな声を出すのかが、理解できなかった。
 理解できないものに捕まった自分の状況が、理解できなかった。

 世の中は、理解できないものばかりだった。

「おいおいおい、俺たちの分も残しておけよ?」
「いーやそいつは期待しねぇほうがいい、あいつはアナルマニアだ。文字通りケツの毛までむしりとられるだろうよ」
「違ぇねえ」

『ギャハハハハハ』

 気づけば。

 声は、周囲360°すべてで、巻き起こっていた。

「…………」

 それにアレの意識は急速に冷えていった。
 落ち着いた、わけではない。
 ただ純粋に、冷静になっていったのだ。

 いつもと、変わらない。
 周りの出来事は、自分を置いていく。
 それが窓の向こうで行われるか、こちら側で行われるかの違いだけだ。アレはそう思った。
 事実このひとたちは自分のことを話しているようで、その実自分など見ていない。
 考えているのは、自身のことだけ。

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