おとうさん②

2019年11月9日

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 そんなおとうさんも普段はいつも笑顔で豪快で、休みの日にはあっちこっちに連れて行ってくれた。

 週末には近くの運動公園に行った。
 そこには色んなアスレチック器材があって、夢中になってやった。

 不安定な吊り橋を通ったり、ターザンみたいなぶら下がった縄につかまって下まで一気に下ったり、ジャングルジムのすっごくでっかいやつを両手両足でしっかり握ってばたばたと上を目指して登ったりした。
 僕にはおとこきょうだいがいなかったから、おとうさんもいつも一緒にやってくれた。

 その時僕は、おとうさんのすごさにびっくりする。僕が必死にバランスをとりながら吊り橋を歩いてるのに、おとうさんはその手摺の部分に立つのだ。
 僕が両手両足で落ちないように一生懸命ターザン用のなわにしがみつくのに、おとうさんは片手の、それも親指と人差し指だけでぜんたいじゅうを支えるのだ。
 みんながジャングルジムのでっかいのを芋虫みたいに這って進む中、お父さんだけその中に悠然と立って僕に声をかけるのだ。

 他にも近くのおっきいデパートに行ったり、お気に入りの本屋さんに行ったり、親戚のおばさん家に行ったりした。

 その中でもボーリングは僕のお気に入りだった。やる時はいつも家族みんなで。僕のライバルはもちろんおとうさん。
 絶対勝てないのにいっつも点数を競った。僕は小学校低学年の時はあんまりうまくなくて、調子がよくて六十点くらい。酷い時は四十点しかいかない時もよくあった。

 それでもおとうさんとボーリングに行くのは、凄くわくわくした。
 おとうさんが投げる時は、みんなが注目した。何しろ、フォームから凄い。

 ぐっ、て体中で力を溜めて、そこから凄い顔中の筋肉に力を入れてほとんど砲丸投げみたいな勢いで投げるのだ。
 ちゃんと下手投げだけど、球速が四十キロも出るのだ。僕がどんなに躍起になって投げても十キロちょっとしかいかないのに。

 それに終わったあとのゲームセンターも楽しみだった。

 そこにあるパンチングマシーン。

 僕が一生懸命叩いても四十キロ。
 で、お願いしてお願いしてお願いして、やっとおとうさんが照れくさそうに叩くと、そこに表示される三百キロの数字。

 おとうさんは、僕のヒーローだった。

 おっきいプロレスラーもボクサーのチャンピオンも、悪の手先も恐い総帥も、誰もかなわないと思ってた。どんな武器を使ったってムダだと思ってた。

 戦争になってもおとうさんがいれば平気だと思ってた。

 核爆弾が落ちてきても、おとうさんなら止められると思ってた。 

 そんなおとうさんのむすこなんだから、沙那(さな)は僕が守ってあげなきゃいけないと思ってた。

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