”空手革命家” 塚本徳臣⑥ ~33連勝という無人の野をいく不敗街道

2020年7月24日

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最初、まぐれと呼ばれていた。

八巻健弐がいない、数見肇がいない、フランシスコフィリオがいない。

最強不在の中、たまたま優勝しただけだ。

そんな失礼極まりない憶測があちこちでなされていた。
それは当人の耳にも聞こえていた。
本人の家族にも聞こえていた。
それが、1種の真実を含むような風潮にさえなっていた。

しかしそれを言葉で反論しても仕方ない事は誰よりも本人が深く痛感していた。

武道家である以上、格闘家である以上、空手家である以上、強さを実践で証明するしかない。

そして、塚本は勝ちまくった。

続いて行われた第28回全日本大会は、史上空前とも言える、七試合中五試合の1本勝ち、一試合の技ありと言う圧倒的な強さ。

次に行われた極真空手初の体重別の世界大会――ワールドカップでは、利き腕である左手首を骨折してなお、他の追随を許さない強さを見せつけて優勝。

同年行われた第29回全日本大会も全試合本戦決着での完全無欠の二連覇。

さらには第15回全日本ウェイト制大会も優勝して、史上初のグランドスラム達成。
そして同時に史上二度と現れることがないだろうと思われる、33連勝記録の樹立。

もはや彼は、優勝争いからは除外されていた。

優勝して当たり前、後はどれだけの割合で一本勝ちをするか、皆の関心はすでにそこに移っていた。

誰もが認める、世界最強、地上最強の空手家。
勝って当たり前、一本勝ちをしなければ不調、まるで複数のタイトル保持していたときの羽生善治のような扱いだった。

この連勝街道はどこまでも続くのだろう、世界大会は当然のように二連覇、そして三連覇をするのだろう。

きっと誰もがそう、信じるところが当たり前に認識していて、それが変わる瞬間が来ることなど想像さえしていなかった。

まさに、塚本徳臣が極真の帝王となっていた期間だった。

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