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自分が信じられなくて、勇気を持てなくて、ようやくわかった――別にどんなんだって構わない、死ぬよりはマシという真実

2020年9月24日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

神経症

自分と言うものが、何なのか。

子供の時から、何か妙な感じがしていた。

鍵を閉めること、ガスを止めること、特にトイレはいつ行きたくなるか、恐怖を覚える位だった。

父は厳しい人だった。だからこそ、その影響があるのかもしれない。

つい先日、自分が神経症であると分かった。

科学の名言で、神は細部に宿ると言うものがある。

小さいことかもしれないけれど、気になってはいた。朝出かける時、何度も何度もガスの元栓を注意して、窓を調べて、ドアを何度も何度も何度も何度もガチャガチャする。

4月から施行される派遣法の改正に伴って、うつ病の影響で派遣スタッフで食いつないでいた私は、窮地に追い込まれていた。

こうしてこうしてこうやっていこうと、ほぼ決めても、どれだけいろんな人に相談しても、不安が消えることがなかった。

最後の最後、とことんまで話し合って、それがわかった。

論拠がない、根拠がない、保証がない未来が怖くてたまらない。

それが何なのか、ようやくわかった。

自分が信じられない

私は、自分が信じられなかった。

空手に小説に、一生懸命がんばっている自分が大好きだし、うまくいってほしいと心から願ってはいる。

だけど今までの報われない日々の為、そして神経症の為、自分が誰かに認められると言うことが信じられず、だからこそ確証のない日々に飛び込む勇気が持てず、どうしても前向きにならずにきた。

幼い時から、この感覚にとらわれてきた。

父をカラテカに持ち、自分もカラテカとしてその道を極めたいと考えていた。

そのためには実力が必要で、そして人間性が必要で、さらには学力さえ求められた。少なくとも、その時の僕はそう思っていた。

だから、常に今、何のために生きるかを考えてきた。これが意味があるのか? ただ楽しむ、そんな事は罪じゃないかとさえ思ってきた時期もあった。

それは学生の時を終え、留学の時を経て、自分では甘さを捨てきったと考えたその時に、ある意味では臨界点を超えてしまった。

自分はただ、夢のために生きる。まともに職もついていなくて、そしてお金も稼げていない自分は、そうしなければ無価値だとさえ断じていた。

そうして僕は、当たり前に順調に夢をかなえることがなく、そして普通の生活さえも続けられなくなって、ポッキリと心が折れてしまった。

そんなぐだぐだとした過去を経て、そういう考えの下、自分を根本から変えることがある意味では未だできていない僕のもとに、なんの因果か初期型プレイステーション3と言うものがやってきた。

もともとの用途は1人用ではなく、それを買った人がやってきたときに人生ゲームやら桃太郎電鉄やらを一緒にやるために買ったものだった

だが、ふと懐かしくて手元に置いておきたくて購入した、Final Fantasy Tacticsをやってみてとせがまれて、そしてやって見せているうちに、当時の心がよみがえってきた。

そして気づけば、今日、1人で1時間位進めてしまっていた。

無意味、無駄と言う価値観は心を死に追いやる毒

思い返してみれば、僕は空想の中にある、理想の空手家像、ありえない理想像を追いかけていたのさもしれない。

ただただ夢に邁進する。

それ以外は、すべて蛇足と切り捨てる。

その末が、うつ病になって、明日なんて来なければいいと怯えていた毎日だった。

人生が、意味があるかとか、無意味だとか、有意義だとか、そういうふうに判断するのは、どこまでいっても自分だと言うことを忘れていた ── 否、知らなかった。

うつ病になる前は、完璧主義だった。

今考えれば、それはとても幼い考えだっただったと思います。

大人になれば、誰だって理解することだと思いますが、世の中自分の思い通りになることなんてほとんどっていうか全くありません。

いろんな予期せぬことが起こるし、トラブルだって考えなければなりません。

うまいことやろうと思って、それでうまいことできてる人なんてほんの1部で、それは人類全体から見てみれば、ほとんど皆無といってもいい位の数でしょう。

現在の私の考え方の根本である1つ、引き寄せの法則からも、計画を立てて、こうやってこうやってこうやってこうすればこうなると言うふうに考える事は、極めて無意味だとされています。

自分に来るしわ寄せ

そういうふうに積み立てていく内で、計画通りにならなかった埋め合わせをするのは、いつだって自分の、無理です。

睡眠時間を削って、やりたくないことを我慢して、埋め合わせ埋め合わせして、最後にすり減って、どうしようもなくなるのは、いつだって自分です。

労力を甘く見るのはやめました。時間は、自分の命そのものです。それは軽く見れば、必ず心に、体に、反動と言う名のしっぺ返しがきます。

だから、どんな風になったっていい。うまくできないのは当たり前。みっともなくたって構わない。否、みっともないと言うのは承認欲求的な考えから来ているものであり、そんなものはそもそもありえない。

派遣をしてみて、それも1つの収穫です。派遣をしている人たちが、別にみっともないとか、どうしようもないとか、僕は思いません。人は、どんな状況だって、心が自由であれば、楽しくやっていけると言うことを知りました。

だから、周りと比べず、勝手な期待に応えず、自分なりに自分が1番いいと思う、自分が1番心地良い状態をキープして、自分なりに自分が目指すベストを目指していけば、現状がどんなであったって、構わない。

勇気を持って、何より大事なのは、自分を信じて。

自分の直感を信じて

確証なんて決して得られる事は無い。

なぜなら未来ので、確定していないからこそ未だ来ていないと言う漢字が当てはめられているから。

だからこそ、敬愛する羽生善治先生が言うように、適当ではなくこれまで蓄積してきた経験や知識から迷いなく浮かんでくると言う直感を、信じて。

論拠がないとか根拠がないとかそんなこと言わずに、勇気を持って。

自分を掴み取る。
未来を掴み取る。

私は心の底から、そんなふうに生きていきたいと、願っている。
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