”空手革命家” 塚本徳臣② ~空手革命の全歴史

2020年6月27日

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塚本徳臣だけを、特別扱いするつもりは最初なかった。

私が述べた、極真史上最強の五人は、どれが上だとか下だとかが語ることが出来ない、完成された、まさに武道の体現者たちだ。

それぞれが、長さの違いはあるとは言え一回の紹介で終わっている以上は、塚本徳臣も同様の扱いにするつもりだった。
しかしやはり改めて考えてみても、一度の紹介では彼のことをほとんど語ることが出来ない。

そして、彼は他の4人とはまた違う点がある。

その2つ名。
様々な言葉で彼の強さは修飾されてきたが、最初、そして最終的にも名付けられた、それ。

空手革命児。
そして、空手革命家。

彼はそれまでの極真カラテの常識を根底から破壊して、新しいスタイルを確立した。
そこからさらに自身のスタイルを革新し続け、最終的に誰も到達していないところに至った。

その功績も考えたら、やはり彼の道程をたどることが必要なものだと判断した。

今回は、彼が全日本大会で初めてベスト8に入り、そして世界大会出場を決めた第26回全日本大会から、第6回世界大会、そしてワールドカップ優勝、第28回、第29回全日本大会連続優勝、第15回全日本ウェイト制大会優勝までのその功績を讃えたいと思う。

それまでの極真空手では、その中心的な戦いは正拳突きと下段回し蹴りだった。
いわゆるパンチとローキック。

これは個人的には第2回、3回世界大会での、三瓶啓二・中村誠、両氏による、三誠時代の流れをくむ、接近戦の弊害だと思っている。

いくらパンチとは言え、ある程度の距離がなければ、そしてためがなければ強く、効かせる攻撃をすることができない。
そしてそれがメインになれば、ムエタイのようなミドルキックを中心に組み立てることができない、ローキックが中心になれば膝蹴りを研究する者が出てこない。

第6回世界大会でも、当然のようにその攻撃が強いものが上位に上がっていった。
ほとんど例外はなかった。だからこう言ってはなんだが、戦いの個性もそれほどなかったように思われる。

その中にあって、塚本徳臣の戦いは異質そのものだった。
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