“ゴッドハンド”大山倍達⑧ ~昭和の武蔵が築いた不敗神話

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大山倍達は、語っていました。

君たち、喧嘩をしろ。

喧嘩ができない人間になるな。
私は売られたら喧嘩に決して背中を見せない。
無駄な喧嘩をする必要はないが、男の誇りが汚されそうになったらうだうだ言わずに壱発叩きのめしてやれ!

激しい人でした。
第二次世界大戦後、進駐軍が東京のあちこちで婦女子を暴行していた時、それを止めるために拳一つで飛び込み、それこそ叩きのめしてその場を逃げると言う辻斬りまがいのことをしただけはあります。

しかし、著書の中でこんなことも言っていました。

喧嘩をやってみると、喧嘩をやってはいけないと言うことがわかってくる。
何回もやると、喧嘩ほどつまらない事はないとわかってくる。

大山倍達は、喧嘩の何たるかを知り、その極意を熟知して、そしてその本質を知っていたからこそ、喧嘩を売られたら逃げないこと、しかしそれを誇示しないこと、それをよく理解していたのだと考えます。

私が考える、史上最強とはそういうことです。

先に述べましたが、ムエタイ、K-1、総合格闘技、大いに結構です。
ヨーイドンで、対等な条件で、最高度に高められた技を競い合う。
こんな素晴らしい文化もないでしょう。

しかし細分化された今、誰より俺が強いと言う事は言いづらくなっています。

より専門的に、その知識を深め、その技術を熟知し、それに適応した者が勝つのは当然です。
言ってはこうですが、スポーツとはそういうものです。

だからこそ、本当の意味での最強の格闘家、真実の武道家は、大山倍達であったと思います。
もし大山倍達が現代に現れて、総合格闘技などをして、それで勝つかと言ったらまた別の話になるでしょう。
事実として彼はボクシングにも挑戦したことがあるそうですが、勝つことは難しかったようです。

しかしそれでも、世界中をめぐり、ありとあらゆる格闘技と対戦し――一説では200戦無敗を誇ったとさえ言われる(さすがに誇張ではあると思いますが)昭和の宮本武蔵と謳われた男が、その末に史上最強の格闘技として作った極真空手――手に何もつけずに戦う直接打撃性は、やはりその実戦性と言う意味では最たるものではないかとも考えています。

実践なくんば証明されず 証明なくんば信用されず 信用なくんば尊敬されない。

20年以上も極真空手を実践し、指導し、研究している身ですので、あまりエンタメ的なことをな結論にならずに申し訳なさもありますが、今回のこれが結論となります。

それを踏まえた上で、私は今日もありとあらゆる格闘技の可能性や、有用性を研究していきたいと思っております。

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