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死に至る病――うつ病闘病記④「生きることで精一杯」

2020年9月19日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

安易な予測

何も出来ない

最初は、そのうち治るだろうと考えていました。

こんなの一時の事だろうと、おそらくは今までギリギリまで張りつめてきたし、疲れも限界まで溜まっていたから、そのせいだろうと。そう考えるのは至極当然のことでした。

1週間続いて、異変に少しずつ気づき始めました。

だって何もできないんですから。

何もできない原因の1つが、夜眠れないことにあるのは明白でした。

夜眠れない

なぜ眠れないのか?

途方もないほどの不安が濁流のように襲いかかるからです。

仕事を辞めた、お金が入ってこない、生活できない、仕事を探さなくちゃいけない、だけど動けない、そうしようと言う気すら起きない、どうしたらいい、このままじゃ関東脱出だ、終わってしまう…

まるで寄せては返す波のようでした。延々と、それこそ無限のようにループする思考、そして恐怖、私はそれに完全に絡めとられていました。

全身が針金で縛り付けられたように硬直して、きしみ、痛み、私は一睡もできない状態で何時間も布団の中でもだえ苦しみました。

そしてようやくいつの間にかまどろむように眠りに落ちた後は、逆に覚醒することが難しくなりました。

毎朝8時に起きていたと言うのに、正午前後にならないとどんなに頑張っても体を起こすことができない。

ようやく墓場から這い出るように起き上がった後も、布団を丸めたものを押し付けた壁に寄り掛かったまま、ぼんやりとテレビを見ることしかできない。

まるで人間が保有している一生に使う体力という名のガソリンのそのほとんどを、上京してからのわずか5ヶ月あまりの間に、使い切ってしまったかのようでした。

生きる。

その時の私には、その生物としての最低限度の当たり前の活動を、それこそ全身全霊を込めてこなすのが精一杯という状態に、追い込まれていたのです──

痒い

劣等感

とにかく劣等感の塊でした。

空手の才能もなくて、父にもお前は才能がないが、たった1つだけ、努力する才能だけはあると言われました。

だが、この病気になって、その努力することを奪われました。

毎日、何もできない。

昼過ぎ位に目が覚めて、ぐったりとした状態で毒にも薬にもならないテレビを眺めて、夕方になって冷凍してあるカレーを解凍して、ご飯にかけて食べる。

そしてまたぐったりとテレビを眺めて、夜の2時過ぎに布団にくるまる。

だけど眠気は訪れない。代わりにやってくるのは、途方もない恐怖心。果てしない不安。恐ろしいまでに確定しているかのような恐慌を引き起こすような未来。

何のために生きているのか?

私は一体何のために生きているのか?

何一つとしていっぽも進むことができない、ただ動かない体を持て余して、時間を無駄に浪費して、そんな毎日を送ることしかできない。

自分は何なのか?

何をしているのか?

そんな毎日を過ごしているうちに、さらに新たな変化が体に起きました。

新たな変化

全身が、突然かつてないほどまでにかゆくなったのです。

とにかくかゆい。背中、腕、足、首、全てがかゆくてたまらない。かいてもかいても収まらない。

蚊ではありませんでした、網戸は閉まっていましたし、室内に蚊の痕跡はありませんでしたし、体にも刺された跡は見当たりませんでした。

ダニを疑い、室内の布団、クッション、枕、洗えるものを干して、すべてにダニスプレーをぶちこみました。

それでも痒みはおさまりませんでした。

私は動かない体の、痒い体を持て余すことになりました。

いまだにはっきりとした原因は分かりませんが、もしかしたら、それまでのあまりにも我慢した日々と、動けない苦しさから、体が心に対してアレルギー反応起こしたのかもしれません。

それが、私の本格的な鬱病の、初期症状でした。

戦友の言葉

うつ病仲間

その頃の私には、戦友がいました。

大学の頃から知り合った人間で、その人もまた少し前にうつ病を患い、辛い時期を耐え、戦ってきた人間でした。

たまたま私が関東に出てきたタイミングで、病気のため離職しており、自分が連絡を取ったので、何かと繋がることが多かったのです。

もしその戦友がいなければ、危なかったと思います。

先に患った潰瘍性大腸炎もそうでしたが、経験がある人間の言葉というものは、百の説教よりも力になるものだと思います。

焦りの中、そして話す人間もいない中、もしたった1人でうつ病と戦っていたならば、袋小路に陥って、いつかは――。

私が、実際何もできない状態に陥って、そんな自分を責めている時、その人が言ってくれました。

食っちゃ寝

「食っちゃ寝してればいいよ」

私は、耳を疑いました。
夢のために関東まで出てきて、だけどシナリオライターとして何も残せなくて、その結果動けなくなって、働けず、それどころか仕事を探すこともできないくせに、食っちゃ寝なんてできるわけない。

しかし、現実は厳しく、どこでも冷徹で、私にできる事は何もありませんでした。
ただ情けない自分を責めて、毎朝毎朝サボることもなく訪れる明日というものに怯える事しか出来ませんでした。

そんな中でも、その人が会いに来てくれて、そして変わらず言ってくれました。

「食っちゃ寝してればいいよ」

余裕があるわけじゃないし、先の展望があるわけじゃないし、何かわかっているわけでもない。

だけど、自分を責めて、明日に怯えて、そんな毎日を繰り返すことしかできないのならば、現実として食っちゃ寝しかしていないのならば――そういうふうに考えることが、果たして罪なのだろうか?

いつからか、よくわからなくなっていました。

そもそもがこんな風になってしまった自分に全く自信が持てないのですから、言われれば傾くのは当然。

そしてその言葉が私にとって、大きな救いになるとは、その時には想像もしていませんでした――

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