おとうさん①

2019年11月17日



 その頃の僕は、世界で一番強いのは、おとうさんだと思ってた。


 僕のおとうさんは、空手の先生だ。

 毎日夜六時半から九時半まで、あちこちの道場に行って生徒に空手を教える。

 週に五回行くんだけど、毎回毎回行ってるところは違う。道場が多すぎて、毎週同じ所を見てたんではとてもはあくしきれないんだそうだ。
 僕もおとうさんに週に三回ついて行くんだけど、全部で何箇所あるのかなんて全然わからなかった。
 合宿とか審査会とか、そういう大きな行事の時にはなんびゃくにんもの道場生がいちどうに集まるから、それはほんとうにいっぱいなんだと思う。

 道場で教えてる時のおとうさんは、凄くかっこいい。
 長年着込まれた白い道着に袖を通して、黒くて金の筋がたくさん入った帯をびしっと締めて腕組みしてるおとうさんの横顔は、まるでテレビどらまに出て来る昔の武士みたい。

 ちょっと後ろに後退してきてる髪の毛も、ちょんまげみたいでみょうに似合ってると思う。普段の静かな時と、道場生に気合を入れる時の掛け声のギャップは慣れてないと心臓が止まりそうになる。

 おとうさんはそんなに背がおっきいわけじゃない。
 筋肉もそんなにもりもりしてるわけじゃない。





 だからたくさんいる道場生の中には、おとうさんが見上げるような背が高い人や、おとうさんの腕の二倍は太い筋肉を持ってる人とかもいる。

 だけど誰も、おとうさんには頭が上がらない。

 なぜなら、だれより強いのがおとうさんだって、みんな知ってるから。道場生みんなから、とってもそんけいされてるから。

 おとうさんの腕や足の筋肉は、すごくはったつしてる。
 そんなにもりもり太いわけじゃないんだけど、使い込まれた金属バットみたいにしんがあって、むだな贅肉がない。
 胸や背中や首もおんなじように凄く絞り込まれてる。まるで筋肉のすじが、剥き出しになってるみたいに見える。

 おとうさんが手を握ると、作られる拳はぺったんこだ。
 普通のひとが握ってできるような盛り上がりがない。

 でも、触るとそれはとってもかたい。ほんとうに石とかを触ってるみたいに。すごく鍛えると、拳もぺったんこになるのかなと思った。
 聞いてみたら、これは拳がつぶれてるというのだという。よくわからなかった。もっと大きくなったらもう一回聞いてみようと思った。
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