Ⅱ:こぼれ落ちる砂

2020年4月21日

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「……むん」

 すべてのカーテンが引かれ、わざと暗くしている室内。
 その中で水晶の内側で瞬く微かな光のみが、ベーデの顔を照らしていた。

「…………」

 それをエリューは、不思議に思う。

 水晶は基本的に光を反射するもので、それ自体が発光するものではないはずだ。
 一度ベーデお婆ちゃんに聞いたことがあったが、それは企業秘密じゃとよくわからない言葉で誤魔化されていた。

「む、ぬ……むぅ?」

「? どうかしましたか、ベーデ婆ちゃん?」

 いつもならそのままなんらかの神託なり何なりを受けて、その内容をエリューに伝えるのだが、今回ベーデ婆ちゃんはなぜか唸り、そして険しい表情で水晶を睨みつけていた。

「……エリュー」

「は、はい」

 そのただならぬ様子に、エリューも慌てて居住まいを正した。
 そしてベーデは水晶玉を視界に入れたまま、

「……これが事実ならば、お前は変わらねばならん」

「え……その、それって?」

 エリューは、急に胸の内に刃物を差し込まれたような心地になった。

 変わらない。
 平和。
 安心できる毎日。

 それこそがこの村であり、エリューの日常そのものだったからだ。

「な、なんで変わらなきゃって、その――」



「キャ――――――――ッ!!」



 その時、耳をつんざくような女性の悲鳴が轟いた。
 エリューは立ち上がり、

「い、今の声は……っ!?」

 慌てるエリューに対し、ベーデは落ち着き払っていた。

「エリューよ……世の中に、変わらないものはないと理解しなければならぬ。その上で人は、戦っていかなくてはいかんのだ」

「な、なに言ってんですかベーデ婆ちゃん!? いま外で悲鳴が聞こえたんですよ? なにか知ってるなら、教えてくださいよ!」

「残念じゃがな……」

 いきなりドアが、蹴破られた。

「え――」

「お兄ちゃん、村が……村が……!」

 それは、エリューの妹のミレナだった。
 エリューが初めて見るような、慌てた様子。
 言葉がまとまってないとこなんて、見たことない。

「ど、どうしたんだミレナ? 村、が? 村がどうして――」

「村が、村が……化け物にっ!」

 ドォン、という重たい音が響いた。

「な……!」

 その声に驚き、振り返ると、入口にクディさんが立っていた。
 それにエリューは人心地つき、

「な、なんだクディさんじゃないですか、驚かさないで下さいよ……ど、どうしたんですか? こんな時間にベーデ婆ちゃんを訪ねるなんて、珍しいじゃないですか?」

 そう話しかけながら近寄り――気づいた。

「――――え?」

 クディさんの、お腹の真ん中に――拳大の大きな穴が、あいてることに。

「…………」

 もう、なにも言葉が出てこなかった。
 思考が漂白された。

 顔を上げると、クディさんの目は白目を剥いており、その口元から大量の赤い泡と液体が、垂れ流されていた。

「エリュー……」

 自分の名を呼ぶ声に振り返ると、そこには先ほどまでと同じ様子のベーデ婆ちゃんがいた。
 同じ姿、ということに安堵し、少しだけ心が戻ってくる。

「ベ、ベーデ婆ちゃん……く、クディさんが……クディさんが……」

「来るべき時が来たんじゃ。お前たち兄妹はこのまま、裏口から村を出るんじゃ。後ろは、振り返らず――」

「おかあさんっ!」

 その言葉に重なるような形で、ミレナの叫び声が聞こえた。
 そしてエリューはその可能性に気付き、まったく同時にミレナは自らが蹴破ったドアから外に飛び出していった。

 くそっ!

「ミレナ――」

「追うてはならん!」

 その声に入口の敷居の上で立ち止まり、エリューは振り返った。
 初めてだった。
 ベーデ婆ちゃんに、怒鳴られるなんてことは。

「べ、ベーデ婆ちゃん……?」

「追うな。追うてはならんぞ、エリューよ……時に人は、指の間からこぼれおちる砂を、諦めなくてはならん。そうしなければ、自身もそのこぼれおちる砂になるからじゃ。わかるか、エリューよ? それでもなおお前は、妹のあとを追うか?」

 あとを追う、という言葉が、まるで故人のあとを追う言葉のように聞こえた。

 既に、死んだ人間の。

「っ! ち、違う! まだ誰も死ん……こぼれ落ちてなんかいないし、すくってみせる!」

 そして、外に飛び出した。
 言葉を濁したということが現実から目を背けているということに、その時は気づいていなかった。





 村は、惨状と化していた。

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 息が、乱れる。
 街路樹が、一通り薙ぎ倒されていた。

 心臓が脈打つ。
 家屋が、ほとんど倒壊していた。

 頭が白熱する。

 無数の人が、倒れていた。

 そのすべてがみんな、血まみれだった。

「み、みんな……う、ウソだろ……?」

 なぜか笑いたくないのに、顔が笑みの形を作ってしまう。
 嘘だと思いたかった。
 冗談だと笑いたかった。
 夢だと目を瞑りたかった。

 だから嘘だと言ってほしくて、一番近くでうつぶせに倒れていたルテアさんに、近寄った。

「う、ウソですよね……ルテアさん?」

 そして身体を裏返すと――顔が、なかった。

 一気に、きた。

「ヴ……うぇ"えええ"えええっ!!」

 胃袋からせり上がったそれを、ルテアさん"だったもの"にぶちまけた。

 目から鼻から、涙が鼻水が、あふれ出した。
 もうなにも、わからなくなっていた。

「おかあさん! おかあさんっ!」

 その声に、我に返った。

「み、ミレナ……っ!」
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