Ⅰ/箱庭の世界④

2019年11月17日

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 言葉が出ることはない。
 出す習慣がなく、そして出してもどうにもならないことを哀しいくらいアレは理解していた。

 だからただ、アレは胸を痛めていた。

 世界はなんて、思い通りにならないモノなんだろうと思っていた。
 いや思い通りという発想すらなかったアレ=クロアは、ただ与えられない境遇に諦観に近い悲しみを感じるだけだった。

 ただ、悲しかった。
 どうしようもなく。
 どうにか出来るとか、どうにかしようだとか、どうにかしたいだとかも考えない。

 ただ、嘆いていた。

「――――」

 そして今日も、眠気が訪れる。
 それに気づくこともなくアレはそのまま、眠りについた。



 そして今朝もいつものように、祖母が声をかけてくれる。

「アレ=クロアや……どうしたんだい?」

 だけどなぜかその言葉は、いつもと違っていた。

 自分を、気遣っていた。

「……どうして、ですか?」

 ゆっくりと瞼を開けながら、応える。
 窓からは淡い光が差し込んできていた。
 癖で、最初にそちらに視線を向ける。
 朝早くから、いつもの光景が繰り広げられていた。

 行き交う人たちは、本当にいつものようだった。

 それに安堵がつけないことの意味を、少女は知らなかった。

 祖母は少しだけ、ほんの微かにいつもより眉を、
寄せていた。

「だって、あなた……泣いてるじゃ、ないの?」

「え……」

 言葉より先に、右手の甲で頬を拭っていた。
 本当だった。
 手の甲に、冷たい筋が触れる。
 自分は気づかないうちに、一筋の涙を流していた。

「なん、で……」

 理由はわからなかった。
 言葉で説明できる類のものではなかった。
 だいたいが、それほど流暢な言葉をアレは知らない。

 だから純粋にそれは、不思議だった。

 それを見て、祖母が言う。

「アレ=クロアや……あなた、なにか……悲しいのかえ?」

 祖母の悲しげな言葉が、鼓膜に沁み渡る。

 それにアレ=クロアは、実感する。

 ――あぁ、わたしは……悲しいのだ。





 この、世界が。
 虐げられている、人々が。
 それは何も子供に限ったことではなく、子供に分け与えてあげられず、暴力を振るうことしか出来ない大人すら含めての、ことだった。

 優しさを持ちえない全ての人々、そんな世界が、悲しかった。

 そんな世界で生きていかなければならない祖母が、不憫でならなかった。

 そして憂うことしか出来ない自分ですら、悲しかった。

「……おばあさん」

「どうしたんだい、アレ=クロアや……あなたに泣かれたんじゃ、なんだか私まで悲しくなるじゃないの……」

 優しい。
 祖母はどこまでも。
 それがわかるから、余計悲しかった。
 たとえそれがモノに対する愛情と同種のものだとしても。

 なぜならアレには、わかるから。どうしようもなく理屈ではなく、実感として、わかってしまうから。

 この暮らしが、遠くない未来で終わってしまうことが。




 世界は、少しづつ、滅びに向かっている。

 それはきっと、みんなわかっている事実だった。
 情勢、状況、日々送られてくる情報が、それが確実に近い決定事項だとあらゆる人々に伝えていた。

 なのに、誰もなにも出来ない。
 しない。
 それに疑問を持つことすらない。
 ただ、生きるために生き、死ぬために生きている。
 その営みを、ただ繰り返していた。

 その時代に生きる、誰もかれもが。

 それは、村自身も寸分たがわず、例外に漏れないことだった。
 アレ=クロアには窺い知れないことだったが、村は徐々に外敵の脅威に晒されつつあった。
 少しづつ包囲網を狭まれ、一つづつ軍の拠点は潰され、真綿で絞められるように襲撃の日は近づいていた。

 それでも村人に出来ることは、なにもなかった。

 なんの手段すら、持ち合わせてはいなかった。

 そんななか、アレの祖母は決して変わることはなかった。
 もっといえば、変わらないように見せる術に、長けていた。
 アレに変わりなく接し、変わりない日々を送る、演出する。
 それは長くこの村で暮らし、そして争いの世に慣れた老人の、処世術に近いものだった。

 週に一度だけ外に出て、教会に行き、食べ物を恵んでもらった。
 そのおり、神に祈りを捧げた。
 なにを願って、ではない。ただただ、祈りのためだけに祈りをささげた。
 無学な祖母は、何かを願うという発想そのものをすら、持っていなかった。

「……熱心ですね、ヴィレムさん」
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