Ⅰ/箱庭の世界③

2019年11月17日

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 祖母がこちらを、いつもの笑顔で見つめていた。

「どうしたのかえ、アレ=クロア? お腹が空いたの? それとも喉でも渇いたのかえ? なんでもいっておくれ、わたしのアレ=クロア」

 そこに悪意は見つけられない。
 しかし残念ながら、同時にそこには善意も見つけられなかった。

 アレは気づいていた。
 理屈ではなく、永く窓から世界を、人々の様子を見続けてきた結果として身につけた、直感のようなものによって。

 祖母が自分を、どんなふうに見ているか。

 アレは微笑む。
 いつものように。

 それに祖母は、相好を崩す。

「ああ……アレ=クロアや。かわいいな、お前は。ずっとそのままでいておくれ。ずっとそのままで、わたしのそばにいておくれぇ」

 ニヤニヤと、自分を見るその視線。
 それはどこまでも、この自分の在り方しか見ていない。

 自分を、人間扱いしていない。

 ただの、所有物のひとつとして見ている。

「…………」

 それでも、笑っているしかない。
 自分には、それ以外の選択肢がない。
 祖母に育ててもらわなければ、それ以外の生きていくすべを自分は知らない。

「ずっとこのままでいます。ずっと傍にいますよ、おばあさん」

「あぁ……ずっとそのままでいてね、わたしの……アレ=クロア」

 窓の外では、別の子供が大人の男に追い立てられ――そして、捕まっていた。



 夜、眠る時。

 それはアレにとって、怖い時間だった。

 アレは普段、使っている感覚が少ない。
 まず、触覚はほとんど使わない。
 ずっと同じ姿勢でベッドに腰掛けていて、触れているものといえばタオルケットぐらいのもの。
 聴覚も乏しい。
 窓はずっと閉め切られていて、耳に入るものといえば祖母との僅かな会話のみ。
 嗅覚及び味覚なんて日に一度の食事だけ。

 だからほとんど視覚のみに頼って生きているようなものだった。
 だからそれを強制的に閉ざされるということは、それは自分が生きていると、人間であると感じられる手だてを、神から奪われる感覚に似ていた。

 だから毎夜、アレ=クロアは自然に意識が消えるまで決して、自分の意思で瞼を閉じることはない。

「――――」





 ずっと瞳を開けて、窓の外を見つめる。
 夜の街はまた、昼のものとは趣が違っていた。
 まずなんといっても、人がほとんどいない。
 昼間あれだけ行き交い、物売りなど含めて多様な人種の行動で活気がある大通りが、まるで死んだように静まり返っているのだ。
 いやこれは窓を開けたわけではないから実際聞こえているわけではないが、純粋に見た目の表現として。

 その代わりのように、街の輪郭のようなものが浮き彫りになっていた。
 普段は行き交う人々や馬車や追いかける姿に目を奪われて見えていない街の形に、目がいった。

 それはまるで、横たわる巨人のようだった。

 這い回る小人たちが消え、悠々としている。
 アレの目には、そう映った。

 だから夜は、苦手だった。

 自分が巨人の胃の中に、いるような気分になる。

「――――」

 アレはずっと、夜の街を見続けた。
 誰もいない街角を見ていると、昼間の出来事が思い出された。

 それを想い、アレは月を見上げた。

 ほの明るいあの天体を、アレはずっと見つめていた。
 アレがもちえる知識は、多くはない。
 教育など受けておらず、祖母から与えられるものもほとんどなかった。
 よって言葉もそれほど知っているわけではなく、字を読むこともかなわなかった。

 だからただ、アレ=クロアは胸を痛めていた。

「…………」

 今日も街角で、少年が痛めつけられていた。
 殴られ、蹴られ、血に染まるその頬は悲しくなるほど、痩せ細っていた。

 手はまるで祖母のように、筋が立っていた。
 泣き叫ぶその表情は、こちらの胸を切り裂くかのようだった。
 それでもなお、男は殴る手を止めることはなかった。
 男もまた、必死の形相をしていた。

 世界はなんて、悲しいモノなんだろうと思っていた。

「…………」
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