Ⅰ/箱庭の世界②

2019年11月9日

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 よく晴れた昼下がりだった。
 こういう日は、より遠くまで世界を見渡せた。
 だからなにということはないけれど、だけどそれはどこまでも、それだけだった。

 窓から、外を覗き込む。

 今日も世界は、狂騒に満ちていた。

 パン屋から飛び出してきた子供は、泣きそうな顔をしてそのまま目抜き通りを駆け抜けていく。
 そのあとに続くのは、もの凄まじい形相をした大人の男。
 子供の手には一切れのパンが、大人の手にはひと振りの鉈が、握られていた。

 子供の口も大人の口も、これでもかというほど開け放たれていた。
 閉め切られた窓では叫んでいるだろうその内容を聞くことは出来なかったが、しかしその二人の立場が、状況が、表情が、そのすべてを物語っていた。

 助けて、と。
 お願いパンを下さい、と。

 許さん、と。
 盗人には死を、と。

 それに対して周りの反応は、厳しかった。
 だれも、なにも、応えてはくれなかった。
 それは子供の懇願に対しても、大人の狂気に対しても。

 ただ冷ややかな視線を、送る者は送っていた。
 それすらない者も、多くいた。

 やがて二人は、アレの視界から消えていった。
 少年の命運を知るすべは、アレにはない。
 男の狂気の行きつく先も、結局はわからない。
 世界はただ、何事もなかったかのように再び回り出す。

「――――」

 それをアレは、いつものように無感情な瞳で見つめていた。
 ベッドの上に膝を伸ばして座り、表情を変えずに。

 心はいつも、揺れなかった。

「――――」

 生まれてからずっと、アレ・クロアはそうやって生きてきた。
 ご飯を食べたり排泄したり眠ったりする以外は、そのほとんどの時間を窓の外の観察に費やしてきた。

 ずっと、世界を観続けてきた。

「――――」





 アレは子供の頃から、身体がうまく動かなかった。
 まともに歩くことも出来ず、筋力も人並み以下で、ずっと祖母がかいがいしく世話を焼いてくれた。
 外から食材を買ってきて、それを調理して食べさせてくれた。
 身体も拭いてくれたし、髪もすいてくれた。

 ただ黙って、ベッドに横になっていればよかった。

 だからただ黙って、外の世界を見続けてきた。


「――――」

 数え切れないほどのレンガ造りの建物の間を、無数の人々が行き交っていた。
 稀に荷馬車が通ることもある。
 だけどアレは荷馬車という単語すら、知らなかった。

 無数の人々は、様々な色の服を着ていた。

 無数の人々は、みんな苦しそうな表情をしていた。

 また誰かが、誰かを追いかけていた。

「――――」
 決して自分と繋がることがない人々を、アレはずっと観続けてきた。
 理由はなかった。
 というよりもアレは自分の行動やなにかの事象に、理由や意味を見出すという習慣がなかった。

 それは選択肢が無いという自身の境遇に、起因していた。

 ただそれしかないから、それをしてきた。

 ただ、それはそれだけのことだった。
「……アレ・クロア?」

 呼びかけられた声に、アレは視線を部屋の内側に送る。
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