死に至る病――うつ病闘病記⑧「恐怖で塗り潰される」

2020年3月10日

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ダメ出しは続きました。

いちどだめになったら、もう二度と彼の合格を得ることはできませんでした。

ずっとずっと、同じシナリオを、推敲・改稿の繰り返し。

それだけしか手につけない生活が数ヶ月続きました。

もちろん当初予定していた自分の小説なんて、全く手をつけていない状態。

その頃の事は、ほとんど胡乱とした記憶となっています。

霞がかかったような状態。
脳みそが、まともに記録する余裕がないということがおそらくは想像出来る現象だと思います。

毎日の仕事開始、そして終了の報告。
これが恐ろしくて仕方ありませんでした。

仕事を始めたって、仕事が終わったって、お前は俺の会社に一円だってもたらせてないんだけど?

そんなふうに言われている気分でした。
もちろん実際に言われたわけではありません。
ある種、憑かれているといっても過言ではなかったのかもしれません。

だから休みの日だって、全然気が気ではありませんでした。

いつからか、彼からSkypeで連絡があると、強烈な腹痛、全身が震える現象に襲われるようになりました。

生きた心地がしない。

喜んだり楽しんだりしてはいけない。

唯一の生きがいは、休みの日に、家の近くの歌広場に行って、30分だけ歌って帰る、それだけでした。

先行きは真っ暗、お金はいつなくなるとも知れない、だから無駄遣いなんて恐ろしくて出来ませんでした。

当初予定していた大学の親友たちとも会えるような精神状態ではありません。

毎日毎日、死刑申告を受けた囚人のような精神状態で過ごしました。
しかもまったくの偶然ですが、その頃こちらに住む親戚と、かなり深刻に揉めてまでいました。

そんな状態でも、夏に行われる地元での空手の大会に出場しました。
武道家である父の面目を潰すわけにはいかないと言う、義務感が多分にあったと思います。

過去最高に練習して、自分なりにベストの状態に持っていったつもりでした。

結果は、ひどいものでした。
過去できていた間合いの取り方や、阿吽の呼吸は完全に消え失せ、ただただ前に出て、手足を振り回すだけの、無様な戦い。

完全に焦りすぎ、必死すぎ、相手が見えていなさすぎな、それは本当にひどいものでした。

その現実に、私は愕然とさせられました――
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