死に至る病――うつ病闘病記③「発病のきっかけ、環境の変化」

2020年7月24日

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鬱期と自分が呼んでいた症状は、主に以下の通りな感じでした。

まず、人に会うのが嫌になる。
にもかかわらず、人に構って欲しくてしょうがなくなる。

自分がちっぽけで嫌で仕方なくなる。
だと言うのに、誰かにそんな自分を肯定して欲しくてしょうがなくなる。

そしてそんな矛盾した想いを抱えている自分が、どうしようもなくダメな人間だと、また上2つの感情へとループする。

この症状は全く不思議に思っていたが特に気に留めることもなく過ごし、そして私はロンドンから帰ってきて約6年後、バイトで100万円ほど貯めて、上京することを決めました。

しかしその状況は普通のものとは全く違い、特に仕事は何をするかを決めず、ほとんど見切り発車とも言える形で、不動産屋さんの内見を受けに関東に出てきました。

上京というからには、最初は東京に住むことを、もっと言えば目黒の空手道場に通おうと思っていたのでそこに自転車で通える範囲をできたらと希望していたんですが、最初私がここをと思っていた4カ所ほどを含めて、まさかの20連敗を喫しました。

というのも不動産屋さんによると大家さんの貸し出す緩さには波があり、ゆるい時期が続き、そのために家賃を滞納したり蒸発する人が続出して、そのために渋る時期が来ると言うのを繰り返していると言うのを聞き、今がちょうどその渋っている時期だと言う話。

20連敗の話を聞き、私はもう上京は無理だと半分諦めていました。
不動産屋さんにあとお任せ、一旦予約したカプセルホテルへとチェックインに向かいました。
その直前捜索範囲を広げていいかと聞かれ一も二もなくうなずいた覚えはありました。

戻ってきた私に、大家さんは満面の笑みで告げました。

見つかりましたよ、条件通りのところが!

本当ですか!?

家賃40,000円以内で、トイレ風呂キッチン付き、駅から徒歩約10分前後です!

すばらしい、どこですか!

埼玉です!!

捜索範囲を広げるとは聞いてはいましたが、てっきり横方向だと思っていた私は、まさか県をまたいで北に進むとは思ってもいませんでした。

もともとが大反対だったのが、嵩にかかったようにさらに猛反対してくる両親を振り切るように、私は結局上京ならぬ、埼玉への引っ越しを決めました。

今思えば、焦っていたのだと思います。

いつまでたっても、空手でも小説でも何をしても芽すら出ない、その現状を。

そして親に縛られ、衝突している、そんな今を。

結果として、この状況によって、私の心に抱いていた爆弾も、その姿をあらわにすることになりました。

人生と言うものは、ある意味では定められた道を、運命を、引き寄せて行っているのかもしれません。

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