死に至る病――うつ病闘病記②「罹患する素養」

最初から読みたい方はこちらへ! → 一覧へ進む
___________________


今考えて、私が鬱病に罹患した、その兆候と言うものは、おそらく高校から大学のあたりから始まっていたように思います。

昔からよく言われていることではありますが、うつ病になる人の素養として、完璧主義で真面目で融通がきかない、そういう人物だと言われています。

率直に言って、正鵠を射ていると思います。

私も、もろにそのタイプでした。

父も空手家で、その影響を受けて、勝手に使命感を燃やして、目標を高く設定して、だけど素質がなくて、結果がついてこない自分をいつも蔑んでいました。

大学受験も結果的には失敗して、地元の国立大学に行くことが叶わず、関東のほうに出てくることになりました。

その頃は両親と凄まじいほどの険悪な状態で、ほとんど記憶が曖昧な方です。

その頃から、私の身に不思議な現象が起こり始めました。

一、二か月に1度、大体一週間から十日ほど、どうしようもないほど憂鬱な気分にさいなまれる期間が発生するようになったのです。

私的にも、原因は不明でした。
ものすごくネガティブになり、人にも会いたくなくなり、だけど誰かに頼りたくなり、物凄く自分がちっぽけな人間じゃないかという考えになって、そんな状態が続く。

原因が不明だから、対処法も取りようがありませんでした。そういう意味では、くだんの潰瘍性大腸炎と共通のところがあるでしょうか。

私はよくわからず、とりあえずその期間を鬱期と呼んでいました。

まさかそれが本当に、本物のうつ病の前兆だったとか、知る由もありませんでしたか。

そして大学の4年間を関東で過ごし、結果的ではありますが空手以外の世界を知り、個人的に見聞がかなり広がり、そしてなにげなく母親が尋ねた留学に対しての興味を肯定したことにより、私は大学卒業後にロンドンへ、当初の予定は一年、そして自分で延長手続きをすることによって合計2年間留学することになります。

そこでの出来事はそれこそ驚天動地の連続。
新発見、見聞の拡大、自己の成長、自分をコントロールする術の習得、そして数々の楽しい思い出たち。

確かにそれらの事は間違いなく厳然と存在します。

しかし同時に、環境の変化、言葉が通じないことによる、そして様々な不安な出来事がついたことによる、そして厳しい厳しい職場状況やホームステイ先での出来事により、私はさらに自分を追い詰めていくことになりました。

物事の多面性、方向性、そしてそれがもたらすものの複雑怪奇さを、今では思い知らされる心地です。
___________________

続きはこちらへ! → 次話へ進む

面白かったらこちらをクリック👍
 にほんブログ村 にほんブログ村へ 
 にほんブログ村ランキング   人気ブログランキング