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就職不利なのにナゼ大学卒業後留学したのか10万だけ握りしめ?

2020年9月27日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

大学卒業後の海外留学

小説家として、空手家として

僕は大学を卒業してから、海外に留学しました。

ここで問題なのが在学中ではなく、〝卒業してから〝というところです。

正直、迷いました。通常、留学といえば、夏休みや冬休みを利用しての、1ヵ月程度の短期留学です。

それを、卒業してからでは新卒扱いではなくなるので、就職は圧倒的に不利。

もともと、留学する予定はありませんでした。そもそもが、地元の大学に落ちて、両親に迷惑かけての、上京しての大学進学。これ以上の迷惑はかけられないと、もともとは公務員試験を受けるつもりでした。

しかし夏休みに帰省した際、なぜか母親から留学したいかと聞かれ、妹や弟たちが英語ができないから絶対嫌だ! と固辞する中、僕だけが言ってしまったのです。

できるならしたい!

小説家になりたいと言う気持ちが芽生えつつあったところで、英語と言うもう一つの言語体系を知ることで、表現の幅が広がり、人種のるつぼと言われているロンドンに行くことで、人物像が深くなり、そして本場のボディービルをすることで、肉体改造もできる。さらには上京して広がった価値観が、世界の中心の1つとも言えるロンドンに行くことによってさらに広がる可能性も──!

考えれば考えるほど、いくらでも行きたい理由は見つかりました。しかしすでに述べた事情により、それは絵空事。その時はそう思っていました。

父からの鶴の一声

しかし次の日、空手家である父から言われました。

お前留学に行け。

それから約1年後。
私は、ロンドンの英語学校へ、9カ月間の語学留学をすることになりました。

ここまでですんなり留学していれば、間違いなく美談なんですけどね…… 。

まず、そのオチとでも言うべき1つ目の問題が、その時所持していたのが、たった10万円だけと言うことなんです。

正直、まったく持って無謀の一語です。大学卒業から半年ほどあったんですが、その時地元長崎の最低賃金が630円でして、しかも半年しかバイトできないと言うことで唯一受かったのはまんま最低賃金設定のコンビニとで、さらに危機感がなかった私は作家になるためとそこそこ小説とか古本屋からとはいえ買っていたので、こういう結果になりました。

そして一気に出発前夜、僕は悩んでいました。

出発前夜

なぜならその一週間前くらいから、まったく眠れていなかったからです。理由は、連日に及ぶ前準備や、荷造り、山のような各種手続きに──なにより、不安と。

そして、期待でした。

しかしそれは、これから行くロンドンでの新しい展望に向けての、では残念ながらありませんでした。

やっとこの家を出られる。ただその一点に対してだけ、です。

その頃の僕は、家族との関係がかなりこじれている状態にありました。東京から帰ってきた息子に対して、両親は正直距離感がわからなくなっている節があり、そんな過干渉気味に接してくる両親に対して、その頃の僕は懊悩さえしていました。

今考えれば、ようやく実家に帰ってきた息子が、間髪入れずにロンドンと言う途方もなく遠いところに行くと言うことで、不安と恐怖にたまらない思いをしていたのでしょう。

しかしそれでも言わせてもらえば、そんなもんこっちだって同じというかそれ以上です!

2人きりになるたびに、道場に行く途中であっても、飯食う時でさえ問い詰めて、にらみつけて、怒鳴りつけると言うのはいかがなものでしょうか!

と、あえてその時の自分を擁護するのならば、そう思います(笑

だからその時の僕は、例えロンドンでどんな日々が待っていようとも、自分の力で、自分でやっていく事、いける事に、なにか、その時用いる言葉では到底形容し難い渦巻くような、なんというか胃の辺りが捩れるような、そんな複雑な想いを抱えていました。

ロンドン行きの機内、トイレで鏡の前で独り自撮りする、そんないま考えても異常な精神状態でした。目の下の隈とか、変に開いた口、微妙に傾いた首とかが当時の心境を物語ってますね――

実家を出てホームステイ先到着まで35時間以上! … ここまでロンドンて遠かったっけ??

トランジット――乗り換えの連続

ロンドンへの道のりは、乗り換え、英語で言うならトランジットの連続でした。

まずは自分の住んでいた市から出発して、長崎県を出て、福岡空港で乗り継ぎ、さらに韓国での、トランジット。

エージェンシーに言われていた、ここが最初の難所でした。

実は、これは結構難易度が高いらしくて、僕はかなりびびっていました。乗り継ぎと言う位だから、飛行機を降りて入国手続きをして、さらに出国手続きをして、飛行機に乗り込むと言う作業。

普通だったら、飛行場に1時間半前位におきたいところです。さらに今回は降りて手続き、手続きで乗る、と言う手間があるので正直言えば3時間位は欲しいところ。

それが今回は、その時間的猶予が僅か1時間しかないと言う話だったのです。

しかも海外での経由と言うことで、すべき手続きは国内の比ではありません。ただでさえ1人での海外旅行は初めて。

エージェンシーさんはその手続きを説明する時、目が必死でした。何度も打ち合わせを重ね、そのため心配されました。さらにはこんなメモまで持たされて、わからなかったらそれを見せろとはじめてのお使い扱いまでされる始末。そんなんされたら逆に不安倍増するっつうの。

そしてすべてを終えてロンドンに向けて飛び立つ飛行機の中、僕はシートに深く腰掛け、瞳を閉じていました。

ようやく、すべて終えた。学校選び、日程の決定、パスポートの確認、各種手続き、両親との話し合い――長かった。

もちろんこの先に大変な苦労が待っているかもしれないが、それでも一段落。

ここからが、僕の戦いだ。

頼るヒトのいない、たった一人の戦いだ。

ここまでが、当時の僕の日記に書かれていた言葉です。自分でも、いやなかなか切羽詰まっていたなと感慨に浸る心地です。

そして僕はソウルまでの1時間半とヒースロー空港までの最初の7時間を寝込けて過ごしたようです。無理もないといえば無理もなく、前回記事に書いたように荷造り、整理、さらには密かに小説勉強のためと持ち込んだDVDや本が親にばれないか、というプレッシャーで心身ともにズタボロで、しかも前日の睡眠時間は1時間半。

そのあと目を覚ました僕はノートパソコンの、長らく放置されていたデスクトップ整理に励み――今考えるとその時必要かと苦笑いモノですが、そしてファイナルファンタジーⅦアドベントチルドレンという映画を観たようです。時流ですね(笑)

機内食にて最後の米――がなかった!?

そして話は変わって、機内食。

なにを隠そう僕は機内食が好きなんです。

なにしろその時になってようやく気付きましたが、お茶と米とは最低9ヶ月間お別れ。せつなくて、絶対お米と思って機内食を選ぶ段になり、韓国風ビビンバか牛肉かと聞かれ、普通に好きな牛肉にした――が!

それが間違いでした!

……いや確かに牛肉のステーキみたいなサイコロよりもっと小さいのは確かにうまかったですが……米が、米がついてなかった――――!!

なにげに楽しんでる風ですが(笑) ロンドンは、世界一ご飯がマズイといわれています。歴史や建造物、ファッションなどは素晴らしいものがありますが、ことグルメに関しての評価はそれで固定されています。どんな料理が出されるのか……その時の僕には想像もつきませんでした。

そんなことに思いを馳せながら、最後の米と思って頼んだつもりのメチャクチャアメリカンな機内食を僕は噛み締めてました。

ロンドンヒースロー空港に到着――まさかの4時間待ちぼうけ!?

「うわ……ロンドンだよ。なんか、着いちゃったよ……」

飛行機が着陸しようとした時僕の頭をよぎったのは、それでした。

遂に最後まで実感が湧かないまま、飛行機はロンドン、ヒースロー空港に着きます。

いよいよ、留学生活の始まりです。話によるとそこからバスでホームステイ先に連れて行ってくれるという話でした。

しかし、いくら待っても声は掛かりませんでした。

そうこうしているうちに空港の待ち合わせ場所で待つ外国人らしき人は増え続け……もはや空港を埋め尽くそうという勢いに!?

しかしそんな中でもお呼びがかかった人は徐々に出て行くのですが、何故か僕には一向に声が掛かりません。

そうこうしているうちに──なんとまさかの4時間経過!!

すっかり日も落ちた頃、ようやく声が掛けられ、拙い英語力で聞いてみると……どうやら乗り合わせのメンバーが遅れていたらしく、それを待ってこの時間になったとのこと。

今までなぜ一度も説明がなかったのか、そして謝罪もなかったのか、未だに不明です……。

僕はなぜかひげもじゃのでっぷりした男がガムをくちゃくちゃしながら運転する隣の助手席に座らされ、一言も声を掛けられることも無く、真っ暗な道を景観も見ることすら叶わずにただ進むのみでした……。

うん、こう振り返るとほんとなかなかすんなりいかなかった留学で、ロンドンのことが書けずにほんと申し訳ないですし、直前に受信したTOEICの結果がコレです……これ、990点満点なんで、半分もいってないですね……(汗

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