Ⅰ/箱庭の世界①

2019年11月9日


 腰まで届くかのような、銀髪。

 白髪のそれとは、また趣きが異なる。
 その長い髪は窓から差し込む日差しに照らされ、仄かに輝いていた。
 いや、その表現もまた微妙に違っていた。

 輝くというより、透過している。

 文字通り透き通る、銀の糸。

 見る者に、そういう連想をさせる。
 それはそういう類の髪質だった。
 だから彼女と最初に会った者は、なによりもまずその美しい髪に視線がいく。
 銀髪の、美しい少女だと。

 次に印象に残るのが、その儚さだった。

「――――」

 いつも、憂いの表情を浮かべている。
 いや実際そこに、表情と呼べるものはないに等しかった。
 伏し目がちで、口元も喋るとき以外開かれることは少ない。
 だからそれを憂いととるのは、つまりは醸し出される空気だった。

 彼女と出会った者は、その空気を感じ取る。

 まるで時が、緩やかになったような。澱んだような。
 そこに流れ着き、たまっているような。
 そんな錯覚を、覚える。

 それほど彼女を取り巻く空気は、穏やかに流れていた。

 そして変わらない表情が、憂いの表情に感じさせた。

 つづいて異常というか病的なほどに白い肌、華奢な体躯、整った顔つきに目がいく。
 それはすべて美しい少女という体裁を整えていたが、しかし同時にとても儚い、人ではないもののような条件をも兼ね備えていた。
 それに加えて少女を取り巻く環境を鑑みて、出会った人物の最終的な印象が決まる。

 現実ではなく、まるで一枚の絵のようだと。




 それほどの価値と言うべきか非日常と言うべきか――異常さを、そこに見出す。
 宝石のような、はたまた幽霊のような人外じみた触れるのを憚られるような、そんな形容しがたい想いを。

 確かに抱くだろうその感情を。

 しかしそれを実際に見つめ、なにかを想うことが出来た人物は、ただひとりの女性のみに過ぎなかった。

 その女性は少女が存在する空間にある扉を注意深く開き、口を開く。

「いま、帰ったわよ? 今日の調子は、どうかしら? だいじょうぶ、だったかしら?」

 老婆だった。
 足元まで伸びる黒いローブを身にまとい、灰色の髪に、皺だらけ顔で、しかしそこに愛想のある笑みを浮かべた。

 そこは、とある民家の一室だった。
 質素な作りだった。
 年季の入った木造で、あちこちに亀裂が入っている。
 物も、壁に箪笥や中央に囲炉裏など、生きていく上での最小限しかない。

 その部屋の窓際に、ひとり用のベッドがあった。

 そこに一人の少女が下半身にタオルケットをかけ、腰掛けていた。

「調子は、どうかしら? 今日も、だいじょうぶかしら? だいじょうぶだったかしら? なにか、悪いことはなかったかしら?」

 繰り返される、少女を気遣う言葉の数々。
 それはまるで会話を求めてのものというよりも、自らの玩具を気遣う子供を連想させる一方的な問いかけだった。

 それに少女は初めて窓から視線を切って、老婆の方を向く。

 そしてゆっくりと確かめるように、微笑んだ。

「だいじょうぶです、おばあさん」

 少女の名は、アレ・クロアといった。
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