二十話「突きの連打」

2021年11月7日

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目次

本編

 驚いている暇すらない。

 再び突きの連打が始まった。
 左右の正拳(せいけん)が、今度は規則正しく乱れ飛んでくる。

 それを左右に流し、逸らす。
 右拳、左拳、右拳、左拳、右拳、左拳――

 纏の体が跳ねた。

 再び体ごと弾ける、膝蹴りだ。
 先ほどと同じように十字ブロックを作り――

 衝撃で、身体が軋む。

「ぐ、ぅ……!」

 再び突き。
 右拳、左拳――

 再びの、膝。
 両腕で受けるが衝撃で、たたらを踏む。

 着地と同時に再び突き。
 右拳、左拳、右拳、左拳、右拳、左拳――

 纏の高速の左ロー――を、天寺が膝を跳ね上げ、防ぐ。
 がつ、という手応え。

 再び突き。
 右拳、左拳、右

 ――ここだっ!

 突き出された纏の右拳を、左の掌で右側に流す――と同時に道着の袖を掴み、一気に引いた。
 纏が勢いあまって、たたらを踏む。

 動きの流れのまま天寺は、思い切り体を翻す。
 長い髪が、尾のように弧を描き出す。

 それを追いかけるように──



 天寺の右足のかかとが、纏のこめかみを狙う。



 纏の道着の右袖を引っ張った天寺は、そのまま左足を軸に右方向に回転し、後ろ回し蹴りを放ったのだ。

 手を放さず、ガードが出来ないようにして、それは反則スレスレの際どいテクニックだった。

「あぁッ!」

 身を翻してから着弾まで、十分の一秒。
 それは、神がかった速さを見せた。

 今まで遥たちに見せてきた蹴りとは、わけが違う。
 殺気を伴った蹴りが、そこにはあった。

 ごん、という骨が骨を打つ重たい音が、道場内に響き渡った。





 見守る道場生たちは、息を呑む。
 やった。仕留めた。押されてはいたが、一瞬で――一撃で、ひっくり返した。

 さすがはうちの高校生王者、天寺だ――そう確信と、安堵の表情を浮かべていた。

 だが次の瞬間、道場生たちの表情が、強張る。

 ガードができない状態でまともに食ったと思われていた纏は、よく見れば押さえられた手とは逆――左腕を、顔全体を覆うようにまたがせ、その掌で右こめかみを狙った天寺の踵を、受け止めていた。
 あの一瞬で状況を看破し、出来得る対抗手段を講じていたのだ。

 しかし、それでも吸収しきれず蹴りの威力に押され、大きく体が傾いてしまっている。

 それを逃す天寺ではない。

「ぬあぁ!」

 そのままガードごと強引に膝を畳み込み、纏の身体を巻き込んでいく。
 纏の体がさらに傾き、右足が浮いた。

 床に叩きつけるつもりだ。

 ――いける!

 天寺がそう確信した、次の瞬間。

 纏は左足のすべての指で床板をくわえ込み、そのまま片足一本だけで腰を強引に捻じ曲げ、天寺の踵の軌道上から自分の体をズラしてしまった。
 唸りを上げて、纏の鼻先で天寺の膝が畳みこまれる。

 常人ではありえない、強い腰がなせる力技だった。

「……チッ」

 天寺が掴んでいた裾を離し、畳んだ右足を地に着けずそのまま纏の腹にトン、と押すように当て、バックステップして距離をとる。

 天寺が激しく肩を上下させ、荒く息を整えている。
 その目は憎々しげに相手を――纏を、睨みつけていた。

 ハァ、ハァ、と呼吸を整える音が道場に響く。

 纏は、しばらく右手でこめかみを押えていた。
 その後、その手を顔の前に持っていき、左手も持ち上げて両の手のひらを見たあと、静かに天寺を見た。

 そして、やはり静かに元の構えに戻った。
 まるで何事もなかったような、それはそんな自然さだった。

 纏が再び、天寺に近づいていった。

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