沈黙は金、だが雄弁は銀、だから批判を恐れず声を出して

2019年11月22日

具体的に主張は大事。

もともと、話すのが好きなタイプでした。

自分の感情を抑えるのが下手で、激情家で、それを全部相手に叩きつけるような、そんなどうしようもない不器用な子供でした。

最初のきっかけは、大学受験に失敗して、地元の九州を出て、東京の大学に行った事でした。

そこで、誰も身寄りがいない中、東京の空手の道場の人々に可愛がられ、大学では全く友達ができず、しまいには初めてのバイト先で店長が元ヤンキーと言う有様で、完全に人間不信になってしまいました。

次のきっかけは、大学卒業後に行ったロンドン留学でした。

そこでの日は、さらに厳しいものでした。言葉が通じない中、交通費と昼食代を自分で稼ぎ出さなくてはならず、さらに延長した 2年目は家賃と夕食代も稼ぎ出さなくてはならず、10件ほど断られた末になんとかこぎつけた日本食レストランのバイト先は、スタッフの中で唯一の日本人が自分で、他の外人であるスタッフたちに徹底的にいじめ抜かれました。

そこで、他人に自分の心境を語ることが少なくなりました。弱みを見せる、それが付け込まれる、そういう図式が頭の中に芽生えてしまいました。

極めつけと言ってはなんですが、 2度目の上京の現在、うつ病になった後にであったアドラー心理学によって、他人にどう思われるかと言う恐怖を克服したと同時に、初歩的な見解の間違いである、他人にどう思われてもいいから、自分のことを話す気が起きないと言う状況に陥りました。

長い長い道のりでしたが、それを経て、最近開眼しました。

アドラー心理学による、他人にどう思われてもいいと言うのは、他人のことがどうでもいいから自分のことだけする、と言う意味ではなく、他人にどのような評価を下されようとも、自分がいいと信じる道を行く、と言う真理に、ようやくようやく気づくことができました。

沈黙は金、ですが雄弁は銀なんです。

もっと、発信していこう。自分が信じて、必死で歩いてきた道は、今>考えても決して間違っていない。

だからもっと具体的に、そこまでと言う位に赤裸々に語っていこう。今はそう考えています。

なぜなら、私が実際見て、読んで面白かったストーリーたちは、みんな赤裸々に、これでもかって言う位細く、真剣に真摯に描かれていたから。

ブログも同様で、最初から最後まで読んだようなブログは、本当に個人的なところまで書いていたから。

私もそういったものを描けるようになりたいから。
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