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不治の病―潰瘍性大腸炎闘病記④「腸液漏洩で気づく人生の真実と本当の気持ち」

2020年9月25日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikukose

病気の社畜

仕事の再開

飢餓状態が続いても、病気が治らなくても、年末年始が終われば、仕事が再開されます。

その頃の私は融通が利かなかったので、仕事を休むと言うことが考えられませんでした。

そして悪いことに、仕事が始まりだす頃になると、何とか立って歩く位は出来るようになってしまったのです。

今回はその時の話です。

 その頃は私は古本屋で働いていました。

 かなりアクティブなところで、正直どんどんどんどん回転を上げて売れないものは捨てて利益を上げるタイプの店舗でした。

 作家を目指しているからと雇用していただけましたが、正直自分が考える本屋とのギャップに戸惑いはありました。

 病気のことも告げましたが、特に鑑みてもらうこともなく、通常の業務を命じられました。

 今考えれば自分でどこまでできるか申請すべきでしたが、その時の私は半分社畜というか奴隷のような根性が抜けきれていませんでした。

 本を並べたり、本を取り替えたり、レジ業務をしたり、その最中基本的には体育会系にダッシュでした。

延々続く腹痛

 ずっと、腹痛を抱えていました。内臓に響く、命を削られるような痛み、そして倦怠感。途中うずくまったことも、多分10分や15分おき位でした。

 特に気を使われるでもなく、それどころかこいつ使えねぇなぁみたいな視線を向けられていました。

 ある意味その頃私は自分に厳し過ぎて、そして他人の感覚に甘かったのかもしれません。

 そしてある時、臨界を迎えました。

 ふとした折り、なんでもないタイミングでした。ちょっと汚くて恐縮ですが、あ、屁が出るなぁと感じて、軽く下っ腹に力を込めると──

 パシャっ、と。

 まるで水風船が割れるような――例えるならそれを10分の1位したような音が、自分の耳に響きました。

 何が起きたのかわからず、だがしかし確かに何かが起きたのだと言う確信と戸惑いの中で、店長に断って、私はトイレと駆け込んでいきました──

腸液漏洩

トイレの個室で思い知らされた真実

年始、その店はかき入れ時でした。

だからと言ってはなんですが、トイレに行くというその当たり前の申し出に対してすら、若干の非難の視線を向けられました。

私は胸に言いようのない嫌な気持ちを抱えていました。

いったい今、自分は何をしているのか──

 トイレに駆け込んで、個室に入って、ズボンを下ろしました。

 結論から言ってしまうと、予想は半分ほどあたりと言うところでした。

 下着が、わずかに朱色の液体に染まっていたのです。

「…….まじかよ」

 言葉になりませんでした。前代未聞の事態でした。

腸液が下着を汚す

 潰瘍性大腸炎になってなお、こんなふうに下着を汚した経験はありませんでした。異常事態。頭は軽く真っ白になっていました。

 よく調べると、完全に血に染まっていると言うわけではなさそうでした。液体は粘着性もなく、透明度も高く、わずかにピンク色程度に赤が混ざっているかな? 程度。

 おそらくは、腸液か何か。

 とにもかくにも、とりあえず勤務中と言うことで、トイレットペーパーで下着、さらにはズボンもよく拭いて拭いて、もちろん乾くわけは無いのですが、とりあえずははけるかなと言うレベルに再建。

 動揺を抑え切れないまま、現場に戻る。

 店長からの視線は、なおも冷たいものでした。

「…….どうしたの?」

「いや、ちょっとズボンが濡れまして…….」

 多少誤解を招きそうな言い方だったが、潰瘍性大腸炎の事はすでに伝えてあったので、まず伝わるニュアンス。

 だが店長の、その冷たい視線は変わる事はなかった。

「全く…….じゃぁ、早退でもする? そうじゃなかったら、さっさと現場戻って」

 耳を疑った。
 愕然とした。

 その時私は、まだ甘かった。

 まだ、どこかで心配してもらえると、気遣ってもらえると、そんな淡い期待を、その胸に抱いていのだ──

苦しみの先で辿り着いた気持ち

病気に教わったこと

病気に、人生を教えてもらいました。

健康は当たり前では無い。

人は仕事のために生きているのでは無い。

生きている事は、ただそれだけで素晴らしい。

すべてのものは、感謝するに相ふさわしいほどに輝いている。

もちろん病気は辛く苦しく、できれば完治して健康に生きていきたい、だけどそう思わせてくれたと言う事は、紛れもなく自分にとっての財産です。

早退を決めた日

「早退します」

 一言だけ、手早く告げました。店長は面食らった様子でした。まさかそんなこと言うとは思っていなかったのでしょう。

 私はまさかそんなことを言うことになるとは思ってもいませんでした。

 確か店長は口をパクパクさせて、まるで打ち上げられた魚のように何かのたまっていましたが、ほとんど内容は覚えていません。それほど、取るに足りない内容だったのでしょう。

 私はすぐに家に帰り、養生しました。明日からも仕事は続きます。だけど無理はせず、きつかったら休ませてもらったりもしたと思います。

 きっと健康で、当たり前で、空手やってるおかげで体力があって、そんな風だったら、自分の体を気遣うとか、そんな大事な当たり前のことをもしかしたら一生、気づけなかったのかもしれません。

労苦の果てに

 気づけずに、ボロボロになって、そして手遅れになって、後悔すらできずに終わっていたのかもしれません。

 まだ大学を卒業してそこそこの時に、気づくことができたと言うのは、私は幸運だったとすら思っています。

 何度も言いますが、病気が辛く苦しく、できればそんな想いは、しなくても良いものだと言うことが変わりません。

 だけど、苦労しなければ。

 経験しなければ。

 わからない気持ちは、領域と言うものは厳然として存在すると思っています。

 つらく苦しいときを乗り越えたからこそ、たどり着ける場所がある。だからこそ、人に、そして自分に優しくできる。

 私は今は、そう思って、確信しています。

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