ムエタイという幻想の正体②〜ギャンブル化したことによる競技性の変遷

2019年11月11日

最初から読みたい方はこちらへ! → 初めから読む
___________________


元は対武器においてこちらが素手の場合を想定しての、対抗手段としての戦闘技術だったムエタイという格闘技。だからこそ当社のムエタイは素手の肘も含めた、非常に激しい、いっぽ間違えれば──いや間違えなくても死人が出るような危険極まりないものでした。

それが時代の変遷とともにギャンブル化したことによって、どのような変化が起きたのか?

まず、選手たちの目的が、KOではなくなりました。

ムエタイは、ラウンドごとにどちらが勝つか、そして金額をいくら賭けるかを変えることが可能なギャンブルとなっています。

序盤の1,2ラウンドだけではなく、最終直前の4ラウンドまで。
だからこそ、まるで競馬のパドックのように、2ラウンドまではそれぞれの力のお披露目のような側面があります。

特にまだ賭けが始まっていないような2ラウンドまでで相手をKOしてしまえば、ギャンブルがそもそもが成り立たなくなってしまいます。

だからムエタイでは、1、2ラウンドは選手も様子見です。じっくりと構え、軽く前蹴りやミドルキックを出して、お互いの癖や、間合いを把握します。

そして3ラウンドあたりからギアを上げます、それも急激に、4ラウンドでトップギアです。そしてご存知の5グラウンドは流します、もう賭けも終了しているので。

この極端な戦い方を嫌う人もいるかもしれませんが、文字通り彼らは食べるために戦っています。

そして彼らの戦歴は、日本の格闘技界では想像もできないようなものです。

100戦200戦は当たり前、1週間おきに戦うような化け物も普通にいます。それなのに基本的にノーダメージ。

彼らは相手を倒すために、痛めつけるために戦っているわけでは無いのです。

それはいわば、ライフワーク。
我々が仕事に行って、生き延びて帰ってきてまた明日も仕事に行くように彼らもムエタイの試合に出向き、生き延びて帰ってきてまた次の試合に出るのです。

だからこそ、彼らの防御テクニックは計り知れないものがあります。

最も有名な首相撲もそうです。

接近戦で殴り合うことほど危険なものはありません。顎にもらっての脳のダメージは抜けることがなく、将来的に必ずパンチドランカーになります。それは何より最優先で避けなければならない事態。

だからこそ彼らは組み付き、そしてむやみやたらに膝蹴りや肘打ちをするのではなく、振り回してコントロールします。

彼らはあらゆる攻撃を、しっかりと脛と肘でカットします。そこに根性論はありません。

彼の動きは恐るべきほどに柔らかく、完全に理にかなっています。無理が全くない。

幼い頃から日常的に戦ってきたことで、体が最適化されているのです。それは日本人が、形だけ真似て習得できるような浅いものではありません。

それこそ生活、日常そのものを、ムエタイに捧げなければ到達できない領域です。

まさにタイという国そのものが作り出した、システムといっても過言では無いのかもしれません。正しく地上最強の立ち技格闘技と言う名にふさわしい至高の領域と言えるでしょう。

次の回では、具体的なムエタイの技術体系について語りたいと思っております。
___________________

続きはこちらへ! → 次話へ進む

面白かったらこちらをクリック👍
 にほんブログ村 にほんブログ村へ 
 にほんブログ村ランキング   人気ブログランキング