不治の病――潰瘍性大腸炎闘病記⑪「飢餓」

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究極的に追い詰められた人間がすること。

助けて。

その3文字に集約されると言うことを知れたのは、後から考えると有益と言えばそうでした。

しかしその渦中にある自分は、もちろんそんな余裕は全くなく、ただただただただ掴むための藁を探すだけでした。

しかし探している時点で、手に引っかかるものは何もないと認めているようなもの。

それが一体どこに行き着くのか、どうか見届けてみてください。



 結論から書きます。

 後輩から返事はありませんでした。

 私は唯一、この状況を打破――もしくは緩和できるかもしれない一筋の希望の糸を、断ち切られる結果になりました。

 後はただひたすらに、長い長い絶望と激痛と倦怠感の中を、終わりすら、期間すら見えずに耐えるしかありませんでした。

 その頃何を考えていたのか。

 痛みのない生活をうらやましいと思っていました。
 当たり前に行動できるのがうらやましいと思っていました。苦しまなくて済むのがうらやましいと思っていました。

 ずっと、テレビを見ていました。流していたのはバラエティーの食事風景。
 ステーキ、焼肉、お寿司、丼もの、パスタに、ラーメンに、アジア料理フランス料理イタリア料理 etc etc

 食べられない。

 どんなにお腹がすいても、雀の涙程度しか食べられない。食べてもすぐに下してしまう。血の便となって、ケツから出てしまう。

 命を吐き出してしまう。

 食べられない、だからせめて、おいしいものをずっと見続けて、少しでも腹の足しにならず、気を紛らわすようと必死でした。

 そんなの余計に苦しくなると思われそうですが、ほんとに不思議なもので少しはマシになるんですこれが。

 まるで昨日のことのようとまでは言いませんが、このようにある程度は明確に思い出すことができます。

 私は喉元過ぎたからといって熱さを忘れるつもりはありません。

 そんな甘い人生を送ってはこれませんでした。

 ずっとずっと、痛みと倦怠感と苦しみと飢餓を抱えながら、ただただ食事風景を目に焼き付けていました。
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