自分が感じるまま、自分らしく生きるため――「普通にしてて自然な状態が1番良い」羽生善治名言録

浮き足立っている。

情けない話だが実感している。

Twitterにもとらわれているのを感じる。

数に意味はないとわかっていても、影響力を持つためにはどうしても気になってしまう。

通知が気になってしまう。

よろしくない。

地に足をつけた方が良い。

そういう時、羽生善治先生の話を聞かせてもらっている。

手っ取り早く成果を実感したい。

そのためには数字がわかりやす過ぎる。

だけど数字にはそれ以上の意味なんてない。

本当の意味での実感なんて本当はないほうがいい。

羽生善治先生の言葉に、「普通にしてて自然な状態が1番良い」というものがある。

できるなら水が流れるように風が吹くよう、そんな生き方がいい。

喜怒哀楽は必ず起こる。

これもまた羽生善治先生のお言葉だ。

試練の時、どう対処するか?

ほとんどの場合は、抗えない。

ならばどうするか?

諦めて、あえて混沌とした状況を受け入れて、時間が解決するの待つ。

それだけの度量を、私は持ち得たいと思っている。

空手を20年以上やっていれば、もはや単純な上達は難しい。

小説だって15年以上も執筆していれば、そんな極端に変わる事は無い。

ただ淡々とやるしかない。

今やっているブログの連載だってそうだ。

そんな簡単に成果なんて出ない。

ただ誠実に、

ただ、まるで毎日歯を磨くように、

道を歩くように――

道を歩く。

私はずっと、武道にしろ、小説にしろ、足元だけ見て、ただただ頂きを目指してきた。

今はいろんな寄り道をしている。

Twitter上で人と語らっている。

そこに狙いはあるが、あえて意味は求めていない。

打算は必ずバレる。

私は人生に、自分自身と言う人間性で勝負している。

どんなふうに生きていくかは自分自身に委ねられている。

片方に偏ると必ずバランスを崩す。

常に全体を俯瞰する力、大局観を働かせていきたい。

なんとなく、こういうのが良いのではないか?

宮本武蔵で言う、観の目だ。

現代社会においてこれはあまり重視されていない。

だけど本質に迫るのならば絶対必要な能力だ。

常に何かに誰かに惑わされるのではなく、自分を信じる勇気を持ちたい。

情報に流されるのではなく、選ぶ独自性を持ちたい。

自分に言い聞かせなければ、社会に埋没してしまう。

自分は何者なのか、常に自問する。

だけどここで笑えてしまうのが――お前なんて日雇いの貧乏病人じゃないか、なんて思ってしまう事実。

それは社会的な立場であって、本質は全く突いていない。

深く深く自分に潜っていく。

今までの自分を全て集約したのは自分自身だ。

人間の記憶力は、受けた刺激の0.03%しか覚えていないが、それは引き出せない、思い出せないだけであって、記憶の中には100%蓄えられている。

その記憶の渦の中に深く自分を沈めていく。

考えないことを考える。

自分の感覚を全て切り捨てる。

特に数は邪魔だ、フォロワー数だとか、今いくら持っているとかは全部忘れる。

そこでようやく自分の本質の2割ほどが現れる。

この作業に意味があるかはわからない。

だけど私は意味は求めない。

私はただ、自分が感じるままに自分らしく生きたいだけだ。
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