先がない人生②

2019年10月13日

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「…………」

 マヤはそれに、抵抗しない。
 ただ見られるままに、見つめ返してくる。

 不思議だった。
 どこまでも。ぼくが見たことのないタイプの人間だった。

 いや、その言い方もおかしいか。
 ぼくが生まれてこの方出会ったことのある人間のタイプなんて一種類しかいないし、彼女は人間出会ないのだから。

 ぼくは言葉を選び、ひとつひとつ説明することにした。

「ぼくは、病人なんだ。まごうことなく、れっきとした。だから裕子さんが言っていることは本質的に正しくて、それに対してぼくがなにか――」

「正しい? それって誰にとって?」 

「…………」

 それにぼくは、沈黙してしまう。
 それは言わない、考えない、禁句(タブー)のはずだった。

 だから今さら言われても、困る。
 と思った。

 一瞬、最初に。
 だけどよく考えると、その考え方はおかしかった。

 確かに誰が決めたわけでもなかった。
 ぼくが病人で、安静に、医者の指示に従わなくてはいけないだなんて。
 これは常識だ。
 でも常識に従わなければならないなんて、誰が決めたんだ? いや確かに通常世の中に溶け込んで生きて行く分には、本や漫画を参考にするに、従う方が無難のようだった。

 しかしぼくは、死ぬ。
 これはまごうことなき事実だ。

 なのに今さら、常識に縛られる?
 社会に溶け込む?

 ちゃんちゃらおかしかった。
 もっといえばぼくは、そもそも社会に溶け込んでいた経験すらないのだ。それなのに一般人のふりをしている方が、よほどおかしい。

 彼女の言い分の方が、いくらも的を射ていた。

「そう、だね。確かに、そうだ。なんでぼくは思ってることを、言わなかったんだろうね」

「? それは遼がやったことが間違ってて看護婦さんが言ってることが正しかったからじゃないの?」

 根本的な部分に戻った。会話の流れも主張も無視しして。
 そこでぼくは、察する。

 マヤは別に、ぼくを論破しようとしているわけでなく、純粋にぼくの話の疑問部を尋ね、そしてぼくの疑問に答えているだけなのだと。

 そのありようはどこまでもシンプルで、そして美しいとさえ思った。

 なんてぼくは頭でっかちで、そして一切行動に移せない根性無しなんだろうとさえ思った。

 だからこう死の際になって、ジタバタあがく羽目になるのだろう。
 泣けてきてしまう。
 ぼくの人生は、本当に受け身だった。

 だけど、間に合った。
 そう思えた。

 君に、会えたから。

 マヤを見て、自嘲気味に笑う。

「笑った」

 それにマヤは――無邪気に、笑った。

「え……」

 ドキッ、とした。それは初めて見る表情だった。

 ずっと無表情に近いものしか見てこなかったから、それは胸に突き刺さるような、眩しいものだった。

 なんだか皮肉な話だった。
 驚愕の台詞や新しい考え方よりも、単なる表情の方が心を動かすだなんて。

「遼、初めて笑ったね。嬉しい?」





「う、うん。嬉しいよ」

 初めて笑ったわけではないと思う。
 というかぼくの場合対人スキルがオートで発動しているはずだから、基本人前では愛想笑いがデフォのはずだ。

 どういう意味だろう?

 考えて、理解に近いものを得る。

 よく考えればデフォ以外でなにかに反応して笑ったのは、彼女の前では確かに、初めてかもしれない。

 でも、そんな意味なのだろうか?

 そんな意味があるのだろうか?

「――――」

 そして彼女は、無言になった。
 それにぼくも潮時を悟る。

 彼女との交流は、これくらいのものだった。
 時間にして――時計は見ていないが、おそらく一時間には満たないだろう。

 決して彼女の方から去ることはない。
 そしてぼくも無理に引きとめることはない。

 ただ、空気を察し、瞳を閉じて、眠りにつく。

 起きた時彼女の姿は、ない。

 期間限定の邂逅。
 ひと夏の恋人というフレーズを思い出した。
 少し違うけど、少し憧れていたもののひとつだ。
 新鮮な出会いに乾杯。

 どうか明日も、君が現れてくれますように。

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