不治の病――潰瘍性大腸炎闘病記⑦「治らないという現実」

2019年10月18日

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訪れたのは焦燥。

どんどん自分のヒットポイントがなくなっていっているのに、毒消し草がない、エスナが使えない、ドラクエやファイナルファンタジー風に言ったら、そんな感覚に近い。

それを自分に例えてなど、到底難しい話です。

実際自分で臨まなければ、分かり得ない感覚だと思います。

だけど伝える努力を惜しみません。これは知るべきか知る必要は無いかは置いておいても、知ることによって何らかの波音を心に立たせるに足る出来事だと思っています。

そして自分の中でも完全に消化したい出来事でもあります。




検索を続けた。ソファーでずっと横になっているしかできない自分には、それしかなかった。

原因が不明な事は嫌と言うほどわかった。

だったらもう原因はいい、それよりも治療法をくれ!

無茶な理屈だと言う事は分かっていましたが、その時の私は文字通り藁にもすがる心境だった。

しかし出てきたのは、それこそ自分の想像もつかないような事実ばかりでした。

まず当たり前のように、潰瘍性大腸俺は不治の病。

そんなことはわかっている、医者にも言われた、とっくに調べてる、そんなこと今更畳み掛けなくてもいい!

自分で調べていながら、そんなことを受け止める余裕すらどこにもありませんでした。

とにかく治療法。調べて、調べて、出てきた情報。

潰瘍性大腸炎には、その病気が原因不明であり、つまりは直接的な治療法と言うものが存在しない現状、目指すべきは完治ではない。

目指すは、寛解と言う状態である。

寛解。

聞き慣れない言葉だった。調べてみると、寛解とは、その病気を完全に解消したわけではないが、いわゆるその症状が表立って現れていない、そういう状態を指すのだと言う。

草の根っこは取り除けていないが、とりあえずそれに出来る限り近いところまで刈り取って、それをキープして表面上はきれいにしている状態、といったところでわかるだろうか?

そこで私の心はドクン、ドクン、と高鳴り出していた。

治らないとは聞いていたが、実際に寛解と言う言葉を聞いて、それはより現実味を帯びた。

そして、それを目指すための手段。

渡された、その薬。
名前は、ペンタサとミヤBM、の二種類。

飲んでいる。確実に、毎日飲み続けている。言われた通り、ペンタサは朝晩の二錠づつ、ミヤBMは朝昼晩の一錠づつ。

医者の言いつけは、100%守っている。

それに加えて、食事はほとんど雀の涙と言っても間違いない状況。

なのになぜ、病状は悪化の一途をたどっていると言うのだろうか──
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