きみは、誰ですか?①

2019年11月22日

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「……こんばんは」 

 聞こえていた。

 返事がかえってきた。

 それにぼくは少し、驚いた。
 まるで呟くような声量で、それはぼくと同じくらいだった。

 それにぼくはうまくリアクション出来ずにぼんやりと見上げていると、

「……となり、座ってもいい?」 

「う、うん」

 お互いがお互い、蚊の鳴くような言葉をやり取りする。
 だけどそれで十分だった。
 夜の世界。人の世界ではない、凍りついたような静寂の世界では。




 昨晩の出来事を、思い出す。

 最初の接触以来ずっと、言葉のやり取りはなかった。
 彼女は無言でベッドの脇に腰掛け、ぼくはどうしたらよいかわからず首だけそちらに向けて、横たわったままだった。

 ただ彼女は、そこに在るだけだった。

 ぼくは自分の行動を、決めかねていた。
 半自動で行われる対人スキルには自信があったが咄嗟の判断などほとんど下したことが無いぼくは、自分からどう動くべきかわからずにいた。
 だからずっと、彼女からどういうアクションがあるのか窺い、待っていた。

 待っていた。

 だけど限界を迎えたのは、ぼくの方が先だった。

「……あの、」

 沈黙に耐え切れず、コンタクトを試みた。
 微かにだが、声は震えてしまった。最初の印象が強すぎた、というのも一因だろう。不安が、大きかったのかもしれない。

「――――」

 返事は、ない。





 身じろきすらしない。

 聞こえてだけは、いると思う。木の葉の囁きすら、聞こえそうな静寂だったから。

 それにぼくもなにを話すべきか、途方に暮れてしまった。
 感情のブレすら、感じられない。
 背を向けられていたんでは、表情すら読み取れない。

 ふと、喉の渇きを感じた。手近のペットボトルに手を伸ばし、一口喉に、流し込む。

 ふと、

「……飲む?」 

 彼女も喉が渇くんじゃないか、と思った。

 なんとなくだけど、初めて彼女はこちらを向いた、気がした。 

「……いらない」 

「そう」

 もう一口啜り、ペットボトルをサイドテーブルに置き直す。

 話したら、急に眠気が襲ってきた。
 壁の時計を見る。うわ、就寝時間から既に二時間近くも経っていた。夜の時間感覚は、昼とはまったく違っていた。

 いや、違うか。

 ひとが近くにいるから、感覚が違うのか。 

「ぼくはもう、眠る……けど?」 

 月光を背にした黒い輪郭は立ち上がり、 

「また、明日もきていい?」

 意外な言葉にぼくは目を丸くして、

「うん」




 そして彼女は、今日も現れた。

 昨日と同じ場所から、昨日と同じ位置に座り、そしてぼくも身体をベッドに横たえ、彼女の方を向く。

 でも喋らない。
 どちらも。
 彼女がどうしてこんな時間にこんな場所に現れたのかも、そして彼女の正体も、なにひとつわからない。

 だけど、ぼくは来ていいと言って、そして彼女は言葉通り、現れた。

 彼女の心の風景にぼくは存在し、そしてぼくの言葉が彼女の心に届いたという証だった。
 それだけで、ぼくには充分だった。

 ぼくはなんとなく、瞳を閉じてみた。

 深夜の静寂は、群を抜いていた。
 昼の喧騒がうそみたいに感じる。視界というものを閉ざしてしまうと、まるで世の中で生きているのはぼくだけなんじゃないかと錯覚を起こしてしまいそうになった。
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