ぼくの日常②

2019年11月22日

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 ぼくが病人だから、そうなのか?

 ならば病人は、ただ病と闘い死までの時間を引き延ばすことしか出来ないのか?

 ずっと心の片隅で、考えていた。
 もちろん答えをくれる人はいない。そも、答えを人に求めるものではないと思う。それくらいの知識はある。

 だけど逆に言えば、知識しかない。

 それで正しい答えが出せるのか、疑問だった。

「今日も体温に問題はなし、ですね。今日もちゃんと安静にして……って、あら。楓が散ってるわね」

 検温中、裕子さんが呟く。

 それに視線を上げると、裕子さんは窓の外を見ていた。
 唯一変化する、中庭の様子を。自然彼女との会話は、そちらに偏る。 

 ぼくもそちらに視線を移し、

「――ですね。今年も綺麗な紅葉を、見せてくれました」 

「もう、冬ねぇ」

「はい」

 おそらくぼくの返事など、耳に入っていない。

 裕子さんの視界にも、心の景色にも。
 ぼくは映ってはいない。それを、感じる。

 だからこれは、実も意味もない無為な会話。

「寒くなるわね」

「そうですね」

 まるで、ぼく自身のようだった。




 昼過ぎに裕子さんがやってきて、こう言った。

「お母さまがお見舞いにいらしてますけど?」

 ぼくは2秒だけ間をあけて、答えた。

「はい、ありがとうございます」

 そして母と二週間ぶりくらいに会った。

 10分間だけ面会した。
 いくつかの会話と、近況報告。母は相変わらず忙しそうだった。
 ぼくにこんな無為な時間を使わせているのは申し訳ないと思った。早く帰ってもらってもいいのにとも、思った。

 その中途ハンパな半笑いが、正直気に障らないでもなかった。
 ぼくの苦しみなんかどうせ愛想笑いで誤魔化されてほんの少しも理解はしてくれていないのだろうという意味のない憤りで、気分が悪くならないわけでもなかった。

 去り際なにか言っていたが、聞きとれなかった。
 ぼくはちょうどその時、窓の外を眺めていた。

 気づけばサイドテーブルには、大きなメロンが載っていた。
 ぼくはそれを、裕子さんにあげた。看護師さんたちで、食べて欲しいと。





 裕子さんはやっぱりいつものように頬の筋肉を緩めていた。

 思いたいわけでも興味があるわけでもなかったが。

 なにがそんなに面白いのかと、思ったりした。




 息を潜めて、ぼくは待っていた。

 なにかを待つという行為がこれだけ胸を焦がすものだとは、知らなかった。
 それだけでもぼくは、その相手に感謝したいほどの気持ちになっていた。

 どれほど経っただろうか。
 横になり、毛布をかけて、役目を果たした天井の蛍光灯を見つめていたぼくには、それは知り得ないことだった。

 いつの間にか出ていた月が、陰った。 

「――こんばんは」

 それにぼくは上半身を起こして、窓の方を向き、迎い入れるようにしてから、微笑んだ。

 実際それは、かなり勇気がいる行為だった。
 自発的な行動など、以前最後に選択肢した時期を思いだすことさえできないくらいだった。ひょっとしたら生まれてきてからずっと、ぼくは受動的だったのかもさえしれなかった。

 だからそれはほとんど、囁くような声量になってしまった。
 聞こえたかどうか確証は、まったくなかった。
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