不治の病―潰瘍性大腸炎闘病記②「最悪に果てが無い絶望」
最初から読みたい方はこちらへ! → 初めから読む
___________________
原因不明という焦燥
死に瀕した経緯
死に頻した私が、至った境地について語ります。
表も裏も外聞もありません。
死に直面した人間がどのような気持ちになるか。
どうぞお納めください。
ガラスのようなものが砕ける感覚
死ぬかもしれない
そう思ったとき、僕の中で何かガラスのようなものが砕ける感覚があった。
とにかくなんとかしなければいけない。
その一心で、手元にあった携帯電話を取り出した。
一心不乱にググった。
――そもそも、潰瘍性大腸炎って何なんだ?
不治の病ってどういうことなんだ? 本当にどうしようもないのか?
畳み掛けられる疑問を、とにかく必死に解こうとした。
ここからは正直言って、意識が不透明だった。
朦朧としていたというのが実際かもしれない。意識がところどころ途切れていたのかもしれない。あまりに続く、激痛、倦怠感、そのためにゆっくり眠れなかったために。
だからここからはどうしてもうろ覚えの感が強くなってしまうのを許してほしい。
ちなみに私はここでは専門的な知識を体系つけて書くつもりはない。
そこは専門家にお任せする。
私が武器とするのは、そこではない。
不治の病へと人間が向き合う姿勢
私がここで伝えたいのは、小説家としての知識をフルに使った、リアルな不治の病と言うものとの、人間の向き合い方と言う姿勢そのものだ。
片っ端から調べた結果得られた知識はざっくり言うと以上のようなものだった。
潰瘍性大腸炎とは、原因不明の病気にして、国で指定されている特定医療疾病。
類推するものにクローン病と言うものもあり、炎症は、直腸付近のみの浅いものから、大腸全体にまで広がる重度のものがある。
――悪化すれば、大腸がんにつながる恐れもある。
青ざめた。
そもそもが、この不治の病になったと家族に伝えたときに、母親から言われた疑問がこれだった。
「あんたそれ、大腸がんじゃないの!?」
その時は私も余裕がなかったのと母親のあまりのデリカシーのなさに
「うるさい、黙れ!」
とはねのけたが、まさか本当につながるものだと思いもしなかった。
さらに検索、具体的な治療法。
治療法、不明。
現状、そも原因が不明。
食生活、睡眠時間の長短、生活リズム、運動関係、遺伝的なもの、ありとあらゆるジャンルにおいて、それは特定がなされていない。
打つ手がない。
その情報を得たときに私が抱いた感情が、それだった。
原因が不明。
例えばそれが生活リズムだったり、睡眠時間の短さだったり、運動不足だったり、お酒とかタバコだったりとか、暴飲暴食だったりするのならば、それはやめれば症状落ち着くと言うのならばいくらでもするだろう。
だがその一切の原因が不明と言われて、じゃあ患者は一体どうしたらいいのか?
──死ねと言うのか?
「っ!?」
一瞬考えて、自分でリセットする。
そんなバカな。
俺は一瞬だけ頭に浮かんだ気の迷いだ。そう自分に言い聞かせが、言い聞かせたかった、だけどそれは難しいかもしれなかった。
何か、
何かないのか?
必死になって検索し続けた。
その間も激痛と倦怠感に苛まれ、そしてトイレには15分おきに駆け込んでいた。毎回毎回、大量の血液と、そして命を吐き出していた。肉体と精神、両方を削られ続けていた──
治らないという現実
回復手段がない
訪れたのは焦燥。
どんどん自分のヒットポイントがなくなっていっているのに、毒消し草がない、エスナが使えない、ドラクエやファイナルファンタジー風に言ったら、そんな感覚に近い。
それを自分に例えてなど、到底難しい話です。
実際自分で臨まなければ、分かり得ない感覚だと思います。
だけど伝える努力を惜しみません。これは知るべきか知る必要は無いかは置いておいても、知ることによって何らかの波音を心に立たせるに足る出来事だと思っています。
そして自分の中でも完全に消化したい出来事でもあります。
検索を続けた。ソファーでずっと横になっているしかできない自分には、それしかなかった。
原因が不明な事は嫌と言うほどわかった。
だったらもう原因はいい、それよりも治療法をくれ!
無茶な理屈だと言う事は分かっていましたが、その時の私は文字通り藁にもすがる心境だった。
しかし出てきたのは、それこそ自分の想像もつかないような事実ばかりでした。
まず当たり前のように、潰瘍性大腸俺は不治の病。
そんなことはわかっている、医者にも言われた、とっくに調べてる、そんなこと今更畳み掛けなくてもいい!
自分で調べていながら、そんなことを受け止める余裕すらどこにもありませんでした。
とにかく治療法。調べて、調べて、出てきた情報。
潰瘍性大腸炎には、その病気が原因不明であり、つまりは直接的な治療法と言うものが存在しない現状、目指すべきは完治ではない。
目指すは、寛解と言う状態である。
寛解
寛解。
聞き慣れない言葉だった。調べてみると、寛解とは、その病気を完全に解消したわけではないが、いわゆるその症状が表立って現れていない、そういう状態を指すのだと言う。
草の根っこは取り除けていないが、とりあえずそれに出来る限り近いところまで刈り取って、それをキープして表面上はきれいにしている状態、といったところでわかるだろうか?
そこで私の心はドクン、ドクン、と高鳴り出していた。
治らないとは聞いていたが、実際に寛解と言う言葉を聞いて、それはより現実味を帯びた。
そして、それを目指すための手段。
渡された、その薬。
名前は、ペンタサとミヤBM、の二種類。
飲んでいる。確実に、毎日飲み続けている。言われた通り、ペンタサは朝晩の二錠づつ、ミヤBMは朝昼晩の一錠づつ。
医者の言いつけは、100%守っている。
それに加えて、食事はほとんど雀の涙と言っても間違いない状況。
なのになぜ、病状は悪化の一途をたどっていると言うのだろうか──
最悪に果てがないという絶望
健康で当たり前な生活の素晴らしさ
あの頃のことは今でも昨日のことのように思い出せます。
今このような状況にあっても、自分が幸せだと感じられる理由の一端がここにあります。
健康で、当たり前に痛みなく、普通の生活を、営める。
それが当たり前ではなく、恵まれた素晴らしい状況なのだと理解できた事は、この病気になったことで得られた大きな財産の1つです。
そう思えるほど、逆に言えばその苦労は本当に苦しみました。
私の言葉を通して、皆さんにも間接的にその気持ちが伝わればと思います。
痛みが続いた。ずっと。間断なく。
ネットで調べて調べて分かった事は、完治せず、寛解と言う状態を目指すと言うこと。
その目指すために必要な手段は何なのか?
ようやくそこに行き当たった。
「……薬?」
当然と言えば当然の単語。
それは現時点でも服用している、2種類の薬だった。
※後で発覚したことだが、実際はそれは少し意味合いが違っていた。
先生が渡していたのは、1つは確かに潰瘍性大腸炎用の薬だが、もう一つは整腸剤、それも風邪薬何かの他の薬と併用しても構わないほどの軽いものだという。
ペンタサ
つまりは私の病気の容体は、すべてはそれ――ペンタサに委ねられていた。
そして今、私は先生に言われた通りの用法容量で服用しているが、全く効果が出ていないところが、日々悪化の一途をたどっている。
ぞくり、と背筋が冷たくなった。
もし――もし私というか、この病気というか、相性というか――それが薬では、治療できない類だとしたら?
政治家として一線を退いていた、安倍晋三と同ケースとしたら?
私は、さらにスマホの画面を下にスライドさせていた。
そこには薬が効かなかった場合の、第二の対処法が記されていた。
ぞっとした。
直腸への直接投薬
直腸への、直接のステロイド剤の投薬。
直接と言う事は、お尻の――詰まりは肛門から、注射器などによって薬を直接投薬するらしい。患部への、直接のアプローチ。
※正直そのあたりの詳細は、定かではない。意識が朦朧としていたし、余裕がなかったため、もし細部に誤りがあった際は平に謝罪させていただきたい。
今は日に3回、2種類の薬を飲んでいるだけだ。負担はほとんど皆無に等しい。
しかし直腸への直接の投薬となると、自分1人ではできないだろう。詳しくはわからないが、家族等の協力が必要なのではないか?
それに金銭的負担も大きくなるのではないか?
それに何より──
気づけば私は、さらにスマホの画面をしたいとスライドさせていただく。
確定していない、もちろんまだ確定こそしてはいないが──もしそれでもダメだったら?
もしかしたらそれは、開けてはいけないパンドラの箱では無いのかと言う思いを秘めながら、私はその情報を視界にとらえていた──
___________________
続きはこちらへ! → 次話へ進む
おススメ記事!↓
一覧はこちらへ!→ うつ病・潰瘍性大腸炎、思考法及び羽生善治論
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません